巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

sutekobune145

捨小舟   (博文館文庫本より)(転載禁止)

メアリー・エリザベス・ブラッドン作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2015.3.18

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         捨小舟  後編   涙香小史 訳

                   百四十五
 
 ここに彼の横山長作は、目指す古松を捕らえることが出来たけれど、彼が小児(こども)二葉の事を白状しない為、彼を引き立てて、この国を立ち去る事も出来ず、だからと云って、彼の様な大罪人を唯の宿屋へ泊めて置く事も出来ないので、寧府(ネーブル)の警察署に請い、罪人留置き場の空いている一室を借り受けて、之に入れ、自ら番人となって、見張る上に、更に探偵の職分も越えて、頻りに彼を吟味して、遂に夜明けに及んだが、しかも彼はまだ白状しない。
 
 人の児など盗んで当国に来たのでは無いと言い張るので、横山も如何とする事も出来ず、殆ど困まり果てていた折しも、宵に逢った仏国(フランス)の探偵重鬢先生、一人の漁師を連れて来て、横山を傍(かた)へに呼んで、
 重「貴方は既に気が付いて居るでしょうが、私と貴方とは、同じ小児を訪ねて、この土地へ来て居るのですよ。」

 横山は重鬢先生より一足先に仏国を立ったので、まだそのことを知らないが、宵に逢った先生の口振りでは、大抵は察して居る事なので、
 「ハイ、爾(そう)でしょう。園枝夫人の方から頼みを受けて。」
 重「ハイ、古松がこの漁師の家へその二葉を預けて有って、それを或る人から聞き出しましたので、私は直ぐにその人と共に出張して、そこから二葉を連れて来ましたが、この漁師は預かり人を他人に渡さないと言い張るので、古松と引き合わせる為にこの漁師をここまで同道して来ました。」

 横山は先生に先を越された悔しさに、唯唇を噛み締めるばかりで、殆ど一語も発することが出来ない。
 重「昨夜の貴方のお話では、未だ古松が白状しないとのことでしたが、この漁師と突合せれば白状しない訳には行きません。サアお出でなさい。」

 横「今更白状させたとして何の甲斐が有りましょう。既に大事の目的を貴方に得られた後ですもの。」
と云い乍らも、力無く先生と共に歩み、古松の室の前に行くと、先生は漁師に古松を指し示し、
 「是がアノ児をお前に預けた旅人だろう。」

 漁師は古松がこの様な罪人の室に入れられて有るのを見て、今迄の威勢は打って替わり、
 「全くこの人です。イエ、何も私はこの人の同類で有りませんから、斯(こ)う分かれば子供は尋常にお渡し申します。どうか私丈はこの場限りにお許し下さい。」

 重「そうサ、そう合点が行ったらお前に何も罪は無い。小児(こども)に構わずこの儘(まま)帰るが好い。」
 漁師はホッと安心して逃げる様に立ち去る後に、横山は腹立たしそうに、古松を睨みつけ、
 「見ろ、手前が幾ら隠しても、罪はこの通り露見して来る。それを手前が隠す為、小児は外の探偵に攫(さら)われて仕舞ったが。」

 古松は心地良さそうに打ち笑い、
 「そうでしょう。私は何も自分の罪を恐れて白状せずに居た訳では有りません。エ、横山さん、貴方の様に執念深く私を附け狙う人に、易々と手柄をさせるのが厭だから、故(わざ)と強情を張って居ました。言わば貴方を翻弄(からか)ったのサ。その翻弄って居る間に、獲物を外の探偵に攫(さら)われたとなれば、それは愉快だ。アハハハハ。」
と図々しさの底の知れない挨拶に、横山は眼をいやが上にも張り開いたがどうしようもない。

 そのうち重鬢先生は早や満足気に立ち去ろうとするので、横山は殆ど泣き声で、
 「先生、到底(とて)も私が貴方と競争の出来る筈は有りませんが、今度の事ばかりはその子供を連れて帰らなければ、常磐男爵に顔向けが出来ません。どうかその小児を私へ。」

 重「ご尤もです。しかしその小児は、私より更に先に見出した人が有って、今はその人が連れて居ますから、私の自由には成りません。その代わり貴方は直ぐに古松を引き連れて常磐男爵の許へ帰り、小児は無事に見出したから、直ぐに後から相当の監督者が連れて来ると、斯(こ)う報告すれば宜しい。小児を探し出した一条に就いては、私には何の手柄も無く、寧(むし)ろ古松を捕らえた貴方の手柄が大功です。

 常磐男爵も、貴方を褒めこそすれ、決して悪くは思わないでしょう。それに又その古松と言う奴は、非常な悪人で、殊に常磐男爵の為には大切な罪人ですから、貴方の手柄は充分です。なお巴里へ帰った上で、彼の悪事に付いて私の知っている丈は貴方に知らせて上げましょう。」

と自分の弟子でも励ます様に横山を励まして、重鬢先生は外に出て、待って居る侯爵の馬車に乗り、侯爵共々二葉を抱き、その宿へと帰り去ったので、その後に横山は、
  「エエ、仕方がない、先生の言う通り古松を連れて至急に帰り、そうして小児は直ぐに後から来ると云って置こう。」
と呟(つぶや)いた。




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