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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.22

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第十一

 (父)サア、池に落ちたと聞いた時は私もその通り驚いたが、良くその仔細を聞いて見ると段々と証拠がある。流石は探偵の商売だけあって実に良く調べたものだ。先ずその言い立てには、門の外から垣根に沿い池の端まで連れ立って行ったものと見え、所々に靴の跡ある。 もっとも今は一月余り経ったものだけれど、あそこは誰も通らないところだから今もって消えずにある。その靴の痕をよく見ると一つは男の靴で一つは踵(かかと)のえぐれた女の靴だ。どうせ踵がえぐれているからには貴夫人令嬢の穿(は)く上等の靴で、吾女(そなた)か洲崎嬢の外にはないけれど、吾女がアノ様な所を通る筈はなし、して見ると如何しても洲崎嬢だ。妾(わらわ)はこの言葉を聞き、我が胸を刺されるよりつらい。

 (妾)でも貴方、それは何時の足跡だか分からないでしょう。ことによればずーっと以前にそこを通ったのがそのまま今まで残っていないとも限りません。
 (父)そこのところだ。私もその通り探偵に言ったところ、探偵の言うのには、確かに闇夜に通ったもので、その証拠は足と足との間が決まって狭いと言う事だ。成るほど、昼か月夜ならば、すたすた歩むけれど、闇だから探りながら静々と歩んだのだ。それに又女の靴が先で直ぐその後に男のがあるのを見ると、女が先に立って男を連れて行ったと言う。

 成るほどそうに違いない。洲崎嬢はアノ通りのお転婆だから、何ですねえ、大丈夫ですよとか何とか言って村上を連れて行ったのだ。実に目に見えるようだ。それから池の傍を調べると丁度横手の一番木の茂った所に、大分草などを踏みにじった痕もある。特に探偵の見込みでは二人が闇の事なので池の間際に立ってうかうかと話ているうち、どうかしたはずみにツイその足を踏み外しアレと言い様驚いて一人へ抱き付くと一人もその重さに耐え得ずして共々に転がり落ちたと言う事で、成るほどそうだよ、岸崖の石に丁度靴で踏み外した様に苔が擦りむけた所がある。

 妾は騒ぐ胸を一生懸命に押し鎮めて、ヘイ、それから如何しましたと聞いた。アア、妾の大胆さ。
 (父)それから未だ如何もしないのさ。けれどもこう分かれば捨てては置かれない。明日は樋の口を切り落として古池を干す積りだ。
 読者よ。池を干されては運の尽きだ。洲崎嬢が行方知れずと言うことは合点が行かないことだが、嬢までもアノ池に落ちたとは探偵の誤りである。探偵が嬢の靴痕だろうと言うのはその実妾の靴痕なので、池水を干すに於いては村上の死体唯一つ現れるに違いない。

 何の証拠も無いことをこの様に調べ上げる探偵の力ならば、愈々村上の死骸が分かる上は、又どの様に調べに調べて終には妾の罪を見破るのも図りがたい。妾があの夜から神経熱病を発した事といい、一旦疑いを妾に移す上は、妾は何として逃れる事が出来ようか。妾は必死の勇気を集めて、

 「でもお父さん、アノ古い池の水をその様に干して仕舞うとは惜しいではありませんか。」
 (父)馬鹿を言うな。水を干したとて池を潰す訳ではなし、水は雨の降るたびに方々から流れ込み、一年も経てば元の通りになる。死骸がアノ底にあると言われては捨てては置かれない。ことに嬢の死骸も村上の死骸も取り出して立派に葬式を出してやらなければ二人とも地の下で安心が出来ない。アノ通り愛し合って居たことだから比翼塚でも立ててやる。

 妾はここまで聞いて唯死に息を吐くばかり。父も妾の顔色に気付いたのか忽ち驚いて、オヤこれはこれは、病気が治ったとは言うものの未だ十分でないのに、そうと気付かずこの様な事を聞かせたのは悪かった。仕舞いまでもそなたには聞かせずに置こうと思っていて、ついうかうかとしゃべってしまった。実は昨日も探偵が吾女(そなた)に会いたいと言ったのを、もし会わせて吾女の心を痛めるような事があってはいけないとソレさえも断ったのに、自分の口から話してしまうとは後悔だ。吾女は少し休むが好い。又も病気になっては困るから。」
とこの様に言い捨てて立ち去った。

 読者よ。探偵が妾に面会を求めたとは、既に妾を疑うものだ。疑わなければ会いたいと言う筈は無い。アア、妾が千年の後までも露見はしないだろうと安心していたこの秘密、一日経つか経たないうちに早くも露見しようとしている。妾は如何したら好いだろう。今となってはどうしようもない。だからといって空しく手をつかねて露見するのを待つべきだろうか。

 どうせ一旦駆け落ちしようと思った我が身である。病気となる前に作った手荷物は未だベッドの下にある。逃げ出して身を隠すのに勝る事はない。先には村上と共に逃げようと言ったのに、今は唯一人逃げる辛さ。指して行く先の目当ては無いが、兎に角この家には留まっていられない。今宵のうちに駆け出そうとここに考えは決めたが、生まれてから三里(12km)の外に踏み出した事のない我が身、どの様にして逃げ去ろうか。

 停車場から汽車に乗る事は知っているが、何時の汽車で何処に行こう。それさえまだ決まらない。読者よ。妾は薄い氷の上に座す思いでこの日を過ごしたが逃げ出す暇はない。一人心を苦しめるうちに夜も次第に更けて行き、悲しいことに明日の朝とは為った。

 朝も未だ暗いうちから、父は人足を雇って来て古池の掃除を始めた。妾は実に気が気でない。昼過ぎ至って召使などの噂を聞くと水は早や六、七分まで落ち尽くし、遅くても今夜の十時前にはその底まで現れるとのことだ。何事があっても今夜のうちに、しかもその底が現れないうちに逃げなければならない。

 妾は昨夜既に逃げ出そうとして逃げ出すことが出来なかったのに、今夜も同じことになってはいけない。先ず十分に工夫を定めて置こうと、やがて我が部屋の入り口を堅く閉ざし、一人つくづく考えようとするのに、心は百端に迷って決まらない。そのうちに日も暮れて早や夜の八時に近づいた。

 池は今どうなって居る事だろう。その水は既に尽き、きっと村上の死骸の半ば泥に隠れ半ばは外に現れて横たわっているだろう。人足は夜に入って、なお帰り去らないものと見える。明朝までこの秘密は無難であろうか。アア気が揉める限りだ。

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