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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.24

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第十三

 「サア、驚くだろう。こうまで知っている古山を出し抜こうとは片腹痛い。先日の談判《話し合い》に及んだ時、三日の猶予をくれというその様子が怪しいから、もしや駆け落ちの覚悟ではないかと油断無く見張っていると、先ず腰元のお房に暇を遣り、入り口の戸まで締め切ったから、庭から回って窓から見ていると手荷物などを作る様子。

 益々変だとその時から一寸も目を離さずに居たところ、やがて夜の八時となり、そろりそろり部屋を忍び出るのはきっと村上に会いに行くためと見て取ったから、先に回って門口で待っていると、そうとも知らず闇を潜り出て来とたんに行き合った村上を古池のの端に連れて行くので、後から行って気の陰に忍んでいると、父に明かすの明かさないのと喧嘩が終わらないので村上を池の中に突き落としたその度胸には驚いたが、その弱みがこっちに幸い。

 これさえ確かに押えて置けば否応無しに我が心に従わせられるなと気を永くして待っているうちに探偵の眼で段々とその罪が破れ掛かり、池を浚うということにまでなったから、もう多分逃げ出すだろうと一昨日から待っていたのだ。これでは村上の行方が分からないとは言われないだろう。今頃は泥の中からその死骸が現れて、侯爵が仰天して居る時分だ。如何だこれでも未だこの古山を敵にする気か。サア。」

 妾(わらは)は何と返事をしたら好いだろう。誰も知らないと思っていたことをここまで詳しく知っているとは、村上の怨霊はまだ消えず古山の口を借りて妾を責めているのか。
 (妾)貴方は人ではありません。鬼です。蛇です。
 (古)愛情の為には鬼にもなるのさ。この美しい吾女(そなた)さえ人一人を殺したから。
 (妾)エエッ
 (古)アノ池の中に突き落とすとは男にも出来ない度胸だ。

 (妾)貴方は何を言うのです。私の手先が触るか触らないうちに村上は一人で足を踏み外して落ちた事は貴方が良くご存知ではありませんか。
 (古)コレは可笑しい。村上が独りで落ちたとはこうも巧みな言い訳が出来るものか。
 (妾))言い訳ではありません。貴方が良く知っています。
 (古)そうさ。村上がキスをしようと寄りかかるところを見澄まして、力をこめてドシンと突き落とした事は私が良く知っている。いくら闇の夜とは言え、岸から二、三尺も離れて居たのだ。力を込めて突き落とさなければ踏み外す筈が無い。ナニサ、そう空々しく隠すには及ばない事。外に聞く人はなし。

 (妾)「空々しいの、隠すのと、貴方は益々失礼ではありませんか。聞く人がないにも村上を突き落としたなどと言われては聞き捨てになりません。」
 妾が怒ると共に古山は益々落ち着き、非常に真面目な顔を作って、これ嬢、突き落とした証拠は段々ある。今私が裁判所に届けて出れば、何としても人殺しの罪は逃れられない。それも恐ろしい謀殺の罪に問われるのだ。先ず前々から逃げ出す支度をした手荷物などを作ったのも一つの証拠だ。その時からして池の中へ落とすと言う計略が定まっていたからこそ、わざわざ池の端に連れて行ったのだ。殺す気が無い者なら、自分の部屋に連れて来て話も出来る。

 (妾)貴方は自分の邪険《意地悪》な心に比べてその様なことを仰るのです。手荷物は村上と駆け落ちの用意です。池の端に連れて行ったのは我が居間よりも気兼ねが無かったからです。こうして貴方に迫られるより一層裁判所に連れ出されましょう。裁判官の前で立派に言い開きます。
 (古)フフ、立派に如何して言い開く。死人に口がないと思って、この古山という証人のある事を知らないか。成るほど駆け落ちの積もりもあっただろうけれど、村上が承知すれば駆け落ちするし、承知しなければ突き落とすと、こう両天秤に掛けたのは誰の目にも分かっている。

 (妾)イエ、裁判所に連れ出してもらいましょう。サア、直ぐに、サア、私は言い開きがありますから。妾は罪深いとは言え、悪しき心があって村上を突き落としたのではありません。妾は読者の好く知っているところだ。妾はこの心を以って言い開けば裁判官も妾に人殺しの罪ありとは言わないでしょう。結局裁判を経たほうが身の為に安心だと一時心が動いたのだ。

 (古)愈々私の心に従わないとならば、催促しなくても裁判所に出してやるが、その前に一応言い聞かせる事がある。成るほど、この優しい顔で人を殺すとは思われないから、外に証拠さえなければ裁判官も吾女(そなた)の言い開きを受け取るだろう。が、ここに言い開きが出来ない証拠がある。
 (妾)それはどの様な証拠です。

 (古)落ち着いて聞くが好い。もし殺す気が無いなら何故あの時に誰か助けてくれと叫び立てなかった。しばらくの間無言のままで暗い池の面を眺めていたのは殺す気のある証拠ではないか。アノ時早く呼び立てれば下女下男も居る家だから、誰でも来て救い上げる。それを無言で居たばかりか病気が治った後までも、父にさえ白状せず池の掃除と聞いて逃げ出すのは時分で殺した何よりの証拠というもの。もし村上が一人で落ちたのなら死骸が現れても逃げ隠れるのには及ばない訳だ。人目を忍んで逃げ出した今となっては、よしんば村上が一人足を踏み外したにもせよ、裁判官はそうは思わない。ことに私と言う立派な証人もある事だし、私と吾女とは従弟同士で吾女の罪は無理に隠すと言う親密な私の口から、確かに殺したと言い立てればいくら吾女を助けたいと思う裁判官でも無罪の無の字も言う事は出来ないから。

 (妾)でも私が可愛いと思う村上を殺す気になるはずは有りません。
 (古)ソレもあの時の問答で分かっている。吾女が父に知らさず駆け落ちしようと言うのを、村上が如何しても父に知らせると言ったから父に知られては大変と止むを得ず殺したのだ。殺すより外に仕方の無い苦しい場合に迫っていたのだ。浮気女が男に飽き、始末に困って殺すのは随分世間にある例(ため)しサ。殺すはずが無いなどそれほど村上を愛していたならせめて死骸を池から上げて一通りの葬式でも営むはずだ。それと言い、これと言い、一々人殺しの証拠だから言い抜けが出来ると思ったら間違うよ。これでも如何だ裁判所に出たいと言うのか。社交界の宝とまで名の響いた侯爵家の令嬢が人殺しの罪に落とされ、世界中の評判となっては随分可笑しいものだろう。父侯爵は裁判所と聞いたばかりで気絶する。どうだ、これでも未だ強情が張りたいかのか。

 アア、妾は何として切り抜けよう。聞けば聞くほど妾の罪は逃れ難(がた)い。
 (古)サア、返事を聞こう。如何だ。

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