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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.25

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第十四

 (古)よしよし返事の無いのは承知したしるしと見えるな。直ぐにこれから落ちて行く先を決めよう。サア、一体貴方は何処へ行く積りで居るのだ。ベルギーの国境でもこれと言った当てはあるまい。
これはしたり、イヤまだ返事をしないのは裁判所に出されたいのか。

 読者よ、妾(わらは)はむしろ裁判所に出されようかとも思うが、我が身の恥、家の恥、その上に父の立腹を思い遣っては返事をする言葉が無い。
 (古)愈々私の言葉を聞かないとならば、この次の停車場まで巡査を呼び、力づくで侯爵の許に連れ帰り、吾女(そなた)の悪事を悉(ことごと)く侯爵の前に並べた上で裁判所に引き渡す。どうだ。

  古山は残忍邪険な男なので、妾が否と言うに於いては全くこの言葉通りにしかねない。妾は裁判所よりもまだ父を恐れる。父の許さない恋の為、人一人死なした上、逃げ出した今となっては何(ど)の顔を下げて帰られようか。何と言い訳が出来ようか。そうでなくても今頃は村上の死骸に驚き、妾の行方が知れないのに驚き、なお彼の書置きの文句を見て、侯爵は事の次第を察し、きっと立腹をしている時だろうに、この上妾の顔を見れば、どれ程か怒ることだろう。妾は何事があってもこのまま父の許へは帰ることは出来ない。

 「ハイ、どうあっても父にはもう会いませんが。」
 (古)「それだけ聞けば沢山だ。父に会うのが嫌とならば、逃げ果たせる他はないから、私も一緒に付いて行く。何処まででも、一人では遣らない。さもなければ父に渡すし、よもや嫌ではあるまいね。」
 ここに至っては最早のっぴきならない《避けることも退くことも出来ない》。

 「貴方、如何かその様なことは言わずに私を逃がしてください。私はもう誰よりも貴方に付きまとわれるのが嫌ですから。」
 (古)嫌と聞いては猶更放すことは出来ない。
 (妾)でも貴方、真実私を愛してくださるなら如何かこのまま唯一人で。

 (古)一人で逃がす事ができるものか。成るほど汽車に乗って居れば否応無しに国境までは行かれるけれど、宿屋の名からして知らない吾女(そなた)が如何して逃げ果(おう)せる事ができる。アノ通りの父上だから、吾女が居なくなったのを見て捨てて置く筈はなし。もうとっくに国境まで電報を打ってある。汽車から降りたら捕り手の役人が待っているから詰まるところ父の許まで連れ返されるだけの事。その上村上の死骸まで露見したとあって見れば、その筋でも第一に目を付けるのは吾女だろう。父上が黙っていてもその筋では捨てては置かない。必ず探偵が出張して居る上、この次の汽車で警察の追手が遣ってくる。そうすれば重罪犯の逃亡と見なされ、罪人扱いで護送されるだけの事だ。

 (妾)でもこうなっては帰られませんもの。
 (古)サ、それだから私が一緒に行くと言うのだ。父の前に出るのが嫌さにこうして家を逃げ出したとすれば、このまま引き返えして家に帰るのも、国境で捕らわれるのも同じ事。それを私と一緒ならばこの様なことには抜け目の無い警察はおろか、知った人にも見破られないように、何処までも隠して見せる。どうせ一人では逃げ果せないところだから逃げたいと思えば嫌でも私と一緒に行かなければ。

 読者よ、窮鳥は枝を選ばずとか、妾は実に窮せり。後ろに帰るのも助からず、前に進むのも捕らえられるだろう。この時に当たって如何(どう)して道連れを選んでいられようか。誰であれ妾を逃がしてくれる人ならば妾は道連れにしなくてはどうにもならない。

 「でもそうすれば貴方が又妻になれの愛せよのと仰いましょう。」
とやや折れて出る妾の言葉に古山は少し調子を和らげ、
 「それも貴方の返事一つで、「直ぐに愛せよ」と言いはしない。吾女が余り連れなく出れば力づくでもと言いたくなるが、柔らかくやわらかく言ってくれれば、たとえ二年が三年でも私を愛する心が出るまで嫌らしい言葉も吐かず、兄弟のようにして待っている。」

 (妾)きっと兄弟のようにして
 (古)そうとも、
 (妾)でも貴方は私と共に永く他国に居る事は出来ないでしょう。
 古山はこの柔らかな言葉を聞きその心が益々解け、
 「出来るどころか、吾女と共に三年が五年でも他国に逗留する積りで既に多少は旅費までも用意して来た。後では出奔と思われようが、持ち逃げと謗(そし)られ様がその様なことには頓着しない。

 (妾)でも私は何の約束も出来ません。三年経って愛するとも五年経って妻になるとも、その様なことは少しも請合いませんから。たとえ貴方に連れて逃げて戴いてもその恩を返すか返さないか、それも分からず生涯貴方を憎んで終わるかも知れません。それでも構わないと仰るなら連れて逃げて戴きましょう。
 古山は実に妾に溺れていると言うものにちがいない。それとも深い訳でもあるのか、こう言っても未だ失望の色は無く、
 「よし、それでも好いから連れて逃げてやるとしよう。」

 読者よ、妾はこうまでも念を押した事なので、たとえ古山と共に旅行するとも、死した村上に義理の欠けることは無い。読者も妾が村上への操の程を疑わないでしょう。
 (妾)それでは一緒に逃げましょうか。何時までも捕らわれないためには何処へ行けばよいのです。

 古山は宛(あたか)も悪人がその相棒に語るように声を潜めて、調子を低くして、
 「先ず警察では、第一に停車場から探偵をはじめるので、吾女がベルギーまでの切符を買った事は直ぐに分かる。そうすればこの次の停車場で一度降りて、それも切符を見せてはいけない、後で切符から足の付く例は良くあることだから、切符を買う間が無くて飛び乗ったものと偽り、ここまでの乗車賃を現金で払うのだ。そうして今度は姿を変え、向こうから来る汽車に乗り元来たほうにとって返し、今朝乗った停車場を通り抜けて、ずーッとスペインの国境まで飛ばすのだ。スペインには旅行券が無ければ入れないから少し手前で汽車から降りて一月も逗留すれば、そのうちに旅行券を手に入れる工夫をして緩々とスペインに入り込めばもう大丈夫。取り押さえられる気遣いは無い。」

 実に悪人にはそれだけの企みがある。妾は感心してその言葉に従った。このようにしてその次の停車場に達するのを待ち、決めたように汽車を降り、大急ぎで出来合いの衣類を買い、古山は旅商人に、妾は卑しい女にいでたち、今度は上りの汽車に乗り、元の道へと引き返したが、これからなお何度も至るところの停車場で汽車を降り、その町の古着屋で二人の衣類を取り替えた。

 妾と古山は他人の目には如何(どう)見えたろう。旅するうちに出来た仮の夫婦と見えただろう。この様に思うと妾は身を切られるよりまだ辛い。村上達雄の亡き魂魄は妾のこの姿を見てきっと地の下で恨んでいるだろう。妾の心は何時の日か休まるべき。

 読者よ、妾(わらは)の行く手にはまだこれよりも恐ろしい事があった。恐ろしい事ばかりだ。

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