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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.27

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第十六

 妾(わらわ)この雑報を読み先ず第一に洲崎嬢の死骸が池の底から出たと言うのに驚いた。成るほど嬢が行方知れずとの事は既に聞いて怪しんでいたけれど、死んでいるとは思いも寄らなかった。ましてやその死骸が池の底から出たとは不思議と言うのにも余りある。嬢も村上と同じく池に落ちたものと見える。何時落ちたのだろう。

 嬢が見えなくなったのは村上と同じ時だと言う。そうすると妾が村上を突き落とした夜、嬢も村上と同じく池の底に落ちたと見える。そうすると妾が村上を突き落とした夜、嬢も又落ちたのか。新聞には自ら落ちたのではなく、突き落とされた証拠があると記されている。アア誰が嬢を突き落としたのだろう。何の目的で嬢を突き落とす事になったのか。又、突き落とした証拠と言うのは何なのか知らないが、まさか探偵の見立てに間違いはないだろう。

 妾は余りの驚きに言葉さえ出ず、唯新聞の面を見詰めるばかり。古山はこの様子を見て、
 「ハアア、ここに私が警察官の許しを得、吾女(そなた)を捕らえに出たと書いてあるから、それで驚いたのだな。何驚くことはない。吾女を捕らえに行くからと言って置けば警察でも今に私が吾女を引き連れて帰ることと少しは油断をするだろうから、それでそう言って置いたのだ。

 もし黙って出て来れば私までも逃げたものと思われ益々探偵が厳重になって来るので、少しでも探偵を緩やかにする積りで、実は早や吾女の行方が分かっている様に言い繕って油断させて置いたのだ。その実唯吾女と駆け落ちをする為だから、ナニ驚く事はない。吾女を捕らえて帰るという訳ではない。サアその様に心配するには及ばない。」

 (妾)ナニその様なことに驚いたのではありません。唯洲崎嬢が死んだのに驚いたのです。
 古山は更に驚く様子もなく、かえって妾の驚きを怪しむ風で、
 「それは当たり前のことではないか。アノ池に突き落とされれば、死ぬに決まっているのだもの。」    
 (妾)でも誰が突き落として
 (古)吾女が自分で突き落としたくせに。

 妾はこの一語に又驚き、
 「エ、私が!、嬢を!突き落としたと。」
 (古)そうさ、だから新聞にも吾女だと言わぬばかりに書いてあるじゃないか。
 (妾)それはあんまりひどうございます。私がどうして洲崎嬢を突き落とすものですか。
 (古)そうとぼけてはいけないよ。吾女でなくて誰が落とすものか。
 妾は驚きの上又悔しさも添えて来た。

 (妾)貴方はまあ、あんまりです。この様な罪まで私に負わせるとは。
 (古)でも、吾女の外に嬢を突き落とす者は居ないじゃないか。
 (妾)私が何故突き落とします。
 (古)吾女は嬢に村上を取られる思ったからそれで突き落としたのさ。既に嬢が村上と踊った時、吾女はそれを悔しがって十日も病気になったほどだ者。

 読者よ。実に古山の言う通り、妾の他に洲崎嬢を突き落とす人はない。だが嬢を突き落としたのは妾ではない。妾は嬢を突き落とした覚えはない。それは読者が何よりの証人である。
 (妾)貴方はあまりひどいと言うものです。何故その様に疑います。
 (古)何故と言っても、嫉妬の念ほど恐ろしいものはないから。
 (妾)それでは貴方、私が突き落とす所を見ましたか。
 (古)それは見ない。見はしないが初めから吾女を疑っていた。村上を殺すほどの度胸だから多分嬢をも突き落とした事だろうと。

 読者よ、妾にはこの言い掛かりを説き破る言葉はないか。
 「でも貴方は嬢が居なくなった時、その故郷まで見届けに行ったじゃありませんか。」
 (古)そうさ、多分吾女の仕業だろうと思ったけれど、なお念のためと思い故郷まで訪ねて行ったけれど、、帰っていないと聞いたから、愈々吾女の仕業だと思ったのさ。
 (妾)だって貴方、私が殺す暇がありません。村上が落ちた後で私は草の上で泣いていて、しばらくして気が付いたから、父を呼ぶ積りで家に入り、直ぐ二階に登ったのですもの。

 (古)二階へ登ってそれから如何した。
 (妾)それから病気が発したと見え、後は夢中です。何事も知りません。
 (古)サア、その夢中の間に殺したのだ。自分では知らないが吾女が殺したことはもう確かな事実だ。私がその次第を言って聞かす。こうさ。吾女が二階へ上がった時、洲崎嬢に会って、何か村上の事を聞かれたのだ。その時ハタと返事に困り、これは嬢を生かしておいては自分の罪が露見すると思ったから、

 「ハイ、村上さんは今夜池の端に居て貴方に話があると言って待っていますよ。」
と言って嬢を池の傍に連れて行き、突き落として帰ったのだ。この時はもう夢中だから、自分で覚えていないのも無理はないよ。特に医者の説を聞くと、神経性の熱病では全く前のことを忘れてしまうということだから、吾女はそれを忘れてしまったのだ。

 村上を突き落としたのは余り心に掛かったから覚えているが、嬢を殺したのはその後で、心が既に転倒している時だから、直ぐに忘れてしまったのさ。如何してもそうに違いない。さもなければ外に嬢を殺す者はなし、その死骸が池から出るはずがない。」
 (妾)もしや嬢が自分で
 (古)「いや、自分で飛び込んだのではなく、犯罪の証拠があると新聞に書いてある。警察の方でも吾女を睨らんでいるほどなので、自分で知らないからと言ってそう確かには言い切られない。
 余りの驚きに全く吾を忘れ、知らずして人を殺す事は疑獄叢談や裁判例などに沢山出ている。吾女も矢張りその一人だ。」

 恐ろしや。妾は果たして夢中になって洲崎嬢を殺したのか。古山はたとえ如何に言うとも、又いかような証拠が出て来ようとも妾は決して嬢を突き落とした覚えはない。依って様々に言い開いたが古山は真実に妾の仕業と思って居る事と見え、妾の言葉を信じず、

 「イヤ、自分で覚えがなくても吾女の外に嬢を殺す者は居ないから、私は外からこれが罪人だと言う人が出るまでは、吾女を疑う。しかし、疑うからといって愛情は愛情だ。初めから疑いながら愛しているから吾女を警察に引き渡すの何のとは言わない。このことはもう言いっこなしにして早くこの様な気に掛かる噂などを聞かないスペインへ入ってしまおう。争うだけ無駄と言うものだ。」

 妾は身に覚え無いことまで疑われ、悔しいこと限りなかったが、実に争っても益ないことだ。仕方なくも古山の言葉に従い、一刻も早くスペインの境内に入ることに決したが、これから古山は何処をどう奔走したのか、翌日に至り旅行券を手に入れたと言って帰って来た。その文面を見れば古山も妾も偽名である。しかも妾をば古山の妻と記してある。

 妾は他人に古山の妻と見られるのさえ辛いのに、ましてや公の文書の面に明らかに古山の妻と記すのは、亡き村上に対して言い訳が立たない。
 妾はこれを見てアット驚いた。

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