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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.31

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第二十

 村上を水に殺し、古山を火に殺す。心には罪は無いけれど行いは人殺しである。一人は名のみの夫、一人は秘密の夫。妾(わらわ)は何故にこうまで罪深いのだろう。こうまでも恐ろしいことばかりに逢うのだろう。巡査は妾の傍に寄って来て、ただ今死人が、
 「コレ華」
と叫んだが、華とはその方の事か。

 妾は何と返事をしたら好いだろうか。本名は華藻である。仮の名はお華である。父を初め目上の人には今まで華よ、華よと呼ばれていた。ハイと答えるのも罪にはならない。ハイ華と申します。この時一人の巡査は旅券を拾って来て、フム、これからスペインへ行く積りと見える。ナニ、深谷賢之助の妻お華とあるワ。この死人が深谷賢之助と言うのか。妾は仕方なくハイと答えた。

 最初に来た巡査は他の三人に向かい何事かヒソヒソと語らっていたが言葉の中にも、 
 「犯罪拘引」
などという恐ろしい言葉が聞こえる。アア、彼等は妾を人殺しの罪があると見て拘引しようとするものだ。前の巡査はやがて又妾の傍に進み寄り、

 「死人が先ほどその方を罵(ののし)り、石油を注いで俺の体に火を付けて俺を焼き殺しやがった、しかじかと叫んだが、その方もこれを聞いたであろうな。」
 (妾)「お情け無い事を仰います。どうして私がそのような事を。」
と言いながら妾は泣き伏した。今まで妾は唯恐ろしさに迫られて泣く事さえ知らなかったのに、巡査の疑う言葉を聞いて侯爵家の令嬢とも言われる者が、身分も無い巡査の輩(やから)に、その方呼ばわりされるばかりか、人殺しの罪人として取調べを受けると思うと涙が自ずと迫って来た。泣くまいとしたが泣き声が口を破って漏れるばかり。

 一人の巡査は又、妾の手提げカバンを探して来た。
 「非常な大金を持っているがこれはその方の持ち物か。」
 (妾)ハイ、
 一人の巡査は、
 「ソウサ、この大金が犯罪の元になったのだ。」
 又一人の巡査、
 「そうさ、この大金に目が眩んだのだろう。」
と言い終わって、妾に向かい、

 「これはその方の品ではないだろう。死人の持ち物だろう。」
 妾は涙の下から、
 「何で私が他人の品を私の品だと申しましょう。金などは欲しくはありません。」
と言ったが、巡査はすこしも妾の言葉を信用せず、ここは言い開きをする場所ではない。言い開きは予審判事の前へ出て幾らでもするがよい。

 (妾)エエ、私を判事の前へ
 (巡)そうとも、これから本署へ連れて行き、この場の報告書を添えて直ちに裁判所に送るのだ。 
 裁判所とは聞くのさえ恐ろしい。今まで聞いたことはあるが裁判所のある世界とは別の世界に住んでいるように思っていたのが、自ら裁判所に引き出されるとは、アア恨めしい妾の罪。
 「でも私は裁判所に引き出されるような罪、咎を犯してはいません。」

 (巡)「罪咎を犯していなければ直ぐに予審廷から放免されるだけの事だ。何も恐れる事はない。」
 予審廷の、放免の、と総て今まで新聞にある裁判筆記に見た言葉である。妾はその意味さえ詳しくは知らないほどだが、一々我が心を刺す思いがする。巡査は容赦もなく妾を引き立てて階段を下に降ると、外には早や1輌のむさ苦しい馬車が控えていた。妾はこれに乗せられて何処をどう行ったのか知らないが、
 「サレス警察本署」
と看板を掲げた役所の中に引き入れられ、馬車から降ろされて敷物も無い一室に入れられた。

 この部屋は何の部屋だろう。兼ねて聞く牢屋とは同じではない心地がするが、罪人を入れる所には違いない。部屋の隅に二人の番人がいるだけ。二人とも色が黒く目鼻立ちさえ下品な様子をしている。妾は今まで往来においてはこの様な容貌の悪い人を見たことはあるが、同じ一室の中で顔を合わせたことは無い。番人なら不法な振る舞いはしないだろうが、何となく気味が悪いので妾は横を向いて控えながらも絶えず二人の様子に気を留めていると、二人は退屈に耐えられないように様々な事を話し出した。

 (甲)どうもこの頃は肝をつぶすような罪人が全く無いよ。
 (乙)そうさ、あのソレ、小さな子供が母の間男(愛人)を殺す積りで母と寝ている野郎を殺すと、それが自分の父であったので、この警察に連れてこられた事があったじゃないか。アレハ一昨年サ。
 (甲)ナニ、もう五年も前だよ。
 (乙)そうか早や五年にもなるかなア。そうだ、そうだ、あの裁判は面白かったが、あれからこっちは来る奴も来る奴も皆つまらない強盗や窃盗で新聞にも載らないが。

 (甲)イヤ、新聞と言えばこの頃パリの新聞に非常な事件が出ていると言うことだぜ。
 (乙)非常とは古池事件と言うのだろう。俺はもう給仕に新聞を借りて読んだから好く知っている。成るほどあれは近頃には珍しい一件さ。
 (甲)そうか、手前もう新聞を読んだのか。俺も給仕から聞いたけれど字は読む事が苦手だから未だ詳しくは知らないが、その罪人と言うのが素敵な美人だと言うではないか。

 (乙)美人と言ったらパリ中に並びがないとまで評判のある令嬢サ。それが人を殺して逃げるとは実に嫉妬と言う奴は恐ろしいな。
 アア読者よ、妾の罪は早やこの様な者にまで評判にされているのか。古山がこの辺りまでその噂は達していないと言ったのは気休めだったのか。評判にされるその罪に加えて今は又新しい人殺しの罪に捕らえられている。アア妾の身はこの後どうなっていくのだろう。

 この様なところへ入って来た先ほどの巡査、
 「サア、これから裁判所に出るのだ。」
と早や妾を引き立てた。

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