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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.14

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第三回

 読者よ、妾(わらわ)は村上達雄と夫婦の約束結んだ。しかしながら妾は侯爵の一人娘、村上は医学書生である。如何してこのことを他人に知らせる事が出来るだろうか。妾はあくまでも秘めて置いて、他日村上が一廉(ひとかど)の大家となり、妾の夫と言っても恥ずかしくないほどに出世するのを待ち、初めて夫婦の披露をして立派な婚礼をも行おうと思うのだ。

 今でこそ学生同様な村上だが、非常に貧者を哀れみ、人に優れてその稼業を勉強することだから、追々に出世して三年も経つうちには名高い大家となる事は疑いない。その時に到って妾から父に向かい、「村上は妾の夫です」と言えば父はそれほど立腹する事は無いだろう。もしその時を待たずに早まって父に知らせたなら、この上ない頑固な人の上、特に古池家は先祖代々由緒ある家から婿をも取り、嫁をも迎えるしきたりなので、父が立腹する事は確実である。

 それも一通りのの立腹では済まず、妾を座敷牢に入れ、村上の出入りを止めることともなるだろう。そうなっては双方の災難である。妾は夢中のように村上を愛しながらもまだ様々に思案して、ついに3年の後までは誰にも知らさないと決心した。しかしながら村上は正直一途の男で、この翌日妾に逢い、

 「少しの間でも人に隠すのは好くない。特に父、侯爵に知らせないのは父を欺く事に等しいので、打ち明けた上で十分に詫びなだめ、それでも聞き入れなければ勘当されるのも厭わない。愛のためには身代もはどうでも好い。昔から親に隠す恋で末永く幸せにまとまった例は無い。」
と言って道理を攻めて妾を諭した。今から思えば実に村上の言葉の通り、一時父の怒りを受けるとも子として父に隠すのは道理ではなかった。道理ではない恋が如何して末を遂げられるだろうか。しかしながら妾はまだ村上にの言葉に服せず、堅く隠そうと言い張るのに、村上も夢中で妾を愛するものなので、ついに妾の心に従った。

 読者よ、秘密なれども夫婦は夫婦である。村上は妾の夫である。妾は妻として彼に仕えよう。妻として彼に愛されよう。アア、読者よ、この秘密の為に妾は最も罪深い身とはなった。侯爵家の一令嬢、恐ろしい人殺し、アア、妾の罪。

 この又翌日の事、父は何時もより機嫌よく妾の室に入って来て、  「嬢や、この二、三日何だか吾女(そなた)はソワソワとして、そうかと思えば何か考える様な様子も見える。ナニサその様に顔を赤らめる事は無い。お前ももう十八と言えば婿を定めても好い年頃だと言っても直ぐに結婚しろと言うのではない。唯、吾女(そなた)の了見だけ聞いて置きたいが。」

 妾(わらは)はここまで聞いて早胸騒ぎに耐えられず、
 「何ですね、お父さん、私は未だ十八ですよ。今から三年も経たなければ・・・。」
 (父)イヤ、三年経てば二十一じゃ。婚礼は二十一が二でも好いが了見だけは聞いておかにゃー。どうじゃ古山男爵は。私はもう何度も言う通り、古山なら実の甥でもあり先年英国へ行って居る時は随分良くない噂もあったと聞くけれど、今はアノ通り辛抱して居る事じゃから愈々吾女(そなた)の婿と定めて置けば当人も張り合いが付くだろうと思って・・・。

 (妾)イエお父さん、古山さんは了(いけ)ません。どのような事があってもアノ人の妻にはなりません。
 (父)イヤ、そう血相を変えるには及ばぬ。今日は如何やら機嫌が悪いようじゃから、この話はこれで止そう。
 (妾はホッと息。)
 「止してもう一つ吾女(そなた)を歓(よろこ)ばせる事がある。今夜実は珍しい来客があるので久し振り舞踏会を開こうかと思っての。都合によれば明日の晩も続けて開こう。そうすれば吾女(そなた)の気も晴れるだろうから。」
 (妾)それは結構ですが、お客とは誰ですか。

 (父)大勢へ案内状を出したが、今言うのは洲崎嬢だ。古山の知り合いで五年ほど前にも来たことがあって、吾女(そなた)も知って居るだろう。
 (妾)ハイ、覚えては居ますが、アノ嬢のために夜会まで開くとは・・・。
 (父)イヤ、洲崎のためでもあるが、実を言えば医師村上達雄のためじゃ。
 村上の名と共に妾は又も胸騒がせ、
 「エ、如何して村上の為ですか。」

 (父)他でもない、村上もこの家の抱え医者となって見れば、アノ通り書生の風もさせて置かれないから妻を持たせようと思って。
 (妾)エエ、
 (父)その事を古山に相談するとそれは州崎嬢が好かろうと言うので。
 (妾)エエエ
 (父)「成るほど嬢ならば独り者で少しの財産も有り村上には過ぎているが、村上も追々出世するだけの腕を持った男だから、財産の有る妻でも持たせれば訳も無く一廉の紳士となる。今夜は先ず二人を十分親密にしてやる積りじゃ。吾女(そなた)も今から着物などを定めて置くが好い。私は色々用意もあるから。」
と父は言い捨てて立ち去った。

 読者よ、妾の胸のうちを察したまえ。アア、父は村上に妻を持たせようとしている。一旦言い出した事は一足も退かない気性なので、愈々洲崎嬢と村上を夫婦にする迄は狂気のごとく骨を折るに違い無い。妾が身は何としたら好いだろう。妾は洲崎嬢の容貌は好く覚えては居ないが兎に角も妾の敵である。妾は今まで嫉妬と言う事は知らなかったが、嬢が村上を狙う女かと思えば何となく腹立たしい。これが嫉妬の端なのかもしれない。

 何とかして嬢を防ぐ工夫は無いか。嬢と村上引き分ける工夫はないか。妾はひたすらに胸を痛めるばかり。更に考えて見れば古山男爵が村上の身の上に言葉を容れ同郷の女を勧めるようとするのも怪しい。男爵が先に村上を罵(ののし)った言葉と言い、今又父が男爵を勧め掛けた様子と言い、あるいは男爵が妾を手に入れる為洲崎嬢が事からその他の事まで巧みに父に勧め込んだものではないか。

 そうすると妾と村上の仲は古山の細工によってどの様な事になって行くか知れない。危うしと言うのに間違いない。妾はこう思って空しく我が心を苦しめるばかり。今宵の夜会に出るのさえ忌々しいので、夜に入るまで居間に籠もって、独り思いに沈んでいたが、そのうちに何時しか夜会も始まったと見え、客間の方が非常に騒がしくなり、ことに父から、

 「早く来るように」
との催促も頻(しき)りなので、父の意に背くことも出来ず、好し好し、この上は洲崎嬢の向こうを張り、村上を我が元にだけ引き付けてこれ見よがしに示してやろう。そうすれば嬢も妾の有様に恐れ村上と夫婦になるような了見は起こす事が出来なくなるだろう。これ以上の思案は無いと妾は独り頷いて十分に衣装を着飾り、金銀珠玉の光、人の目を奪うばかりに辺りを払って客間へと練って行った。アア恋の闘い、これよりしてその端を開こうとする。

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