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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.1.10

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第三十

 村上の手紙の続き、
 「華藻嬢よ、私は古山男爵と貴方が従弟であるのを知った。又、貴方の父が古山と貴方とを許婚にしようとしているのを知った。しかし、貴方は私に向かって何と言いました。古山は妾(わらわ)とは他人である。妾は生涯彼に嫁入りはしないと何度も誓ったのではなかったか。私は貴方の言葉を真に受け、生まれてこの方、一度も女に許した事のない我が愛情を貴方に許した。

 私はおめず臆せず天下晴れて貴方を愛した。だから私は隠しもせず、憚(はばか)りもせずこの愛情を貴女の父に打ち明けようと言ったのに、貴女はそれを聞かず、今父に打ち明けては事を破るに等しいので、私が一廉(ひとかど)の医者となり、天下に名を挙げ、侯爵家の婿がねと言われても恥ずかしくない程に、出世する時を待って打ち明けようと答えたのです。

 私はその言葉を一応は無理もない事だと思ったが、この時は唯貴女の愛に溺れて、貴女と別れては物事も手に付かず、貴女と別れては出世の目的もないと思い詰めたので、何度かの押し問答の末、ついに三年の後と決めたのです。私は心の中で貴女を拝み、貴女ほど実意の婦人はいないと思っていたのに、アア、嬢よ、貴女は実に鬼娘である。貴女は顔に似ない鬼心である。

 この頃の新聞では貴女を華藻嬢とは書かず、殺人嬢と記しているのをご存知か。コレ、嬢よ、コレ、華藻嬢よ、貴女はコレほどまでに私を愛すると見せかけながら、実は私を殺そうと企んでいたのだ。貴女は古山男爵に責められて、家にいられないことになったと言いこしらえ、私に駆け落ちをすすめた事は忘れはしない。私は駆け落ちよりも貴女の父に打ち明けようと言ったのに、貴女はそれを恐れて私を殺す決心をした。

 今から思うと、貴女が私を愛すると言ったのも偽りであった、一時は私に心が迷い、私と夫婦の約束をしたものの、貴女は直ぐに心飽き、ほとほと私の始末にもてあましたのだ。貴女は全くその以前より古山男爵と言い交わしていたのに違いない。私を愛すると言ったのは唯一時の浮気のため私を欺いたのに違いない。私が貴女の父に打ち明けようと言った時、打ち明けられては一大事であるため逃げられない場合と見てとり、私を彼の土手から突き落としたのに違いない。

 嬢よ。土手の下は千尋の深い池ですよ。池の中は泥々と死に水ですよ。貴女はそれを知らないはずはない。知りながら私を突き落としたからは、殺す企みがあったことは疑いない。アア、天女より美しい貴女が、しかも夫とまで誓った私を殺すとは。私は今思っても歯の根が合わないほど恐ろしい。私は突き落とされながらもまだ貴女を愛し、よもや貴女に人殺しの心があるとは思いもしなかった。これはきっと私が池の間際に立っていた為過って落ちたのに違いない。

 私が貴女の怒りをなだめるためキスをしようと差し寄った時、貴女は怒りがまだ消え遣らないため、唯
 「いけませんよ。」
と何の気なしに私を払い除けたものだろう。その時私は自ら我が足を踏み外したにちがいない。貴女に罪はない。私の粗忽であると、私はこのように考えて、貴女の罪を許そうと思っていたが、悲しい事に、嬢よ、貴女は何気なく私を突き落としたのではなかった。手先に十分の力を込めて突き落とそうとして突いたのだ。

 私は池の間際に立っていたのではない。間際から一間(1.8m)余り離れた所に立っていたのだ。私は余り貴女の手先が強いので、思わずも後ろに四足ばかりよろめいて踏み外したのだ。貴女にもし何心もなく振り払ったなら、私が四足も後ろによろめくはずはない。私は幼い時から野外運動でこの身を錬り固めてきたので、何気なく突かれて、よろめくはずはない。私を三足、四足もよろめかせるにはたとえ不意を襲うにもしろ、十分な力を込めなければ出来るはずがない。

 私はその後、二、三日の間は、貴女に突かれた胸の辺りに絶えず痛みを感じていた。貴女は痛みの残るほどに強く私を突いたのなら、何事があっても貴女の罪を許す事は出来ない。貴女も又他人に向かってはどの様に偽る事が出来ても、現在突き落とされたその本人に向かっては、偽りは言わないでしょう。貴女は一度私を殺した者です。」

 読者よ、妾はここまで読んで来て、悔し涙に息も止まるかと思うばかりで、又一字も読み続けられなかった。アア、村上、如何してこの様に意地悪く妾を恨むのだ。妾自ら我が手先が村上に障ったか触らないかは確かには知らない。その手答えさえ非常に微かに覚えているのにすぎないのに、三、四日過ぎるまで胸に痛みが残っていたとは、何かの間違いではないのか。

 自ら落ちながら、岸に突き出た木の根か石の角で打ったのだろう。それを妾の手先と思い、ここまで間違って妾を恨むのか。それ程の恨みを書き残し、一言半句も妾の言い開きを聞かないで立ち去るとは何事だ。特に合点が行かないのは、彼は岸の間際に立っていたのではないとの事だ、岸の間際に立っていなかったのなら、闇とは言え踏み外すはずはない。三足も、四足もよろめいたとは横のほうにでもよろめいたのだろう。それを自ら思い違いをして、妾の罪に着せるとは余りと言えば情けない。妾はしばらく泣き伏せて顔さえも上げられなかったが、又、気を取り直して読み続けた。

 「嬢よ。華藻よ、貴女はきっと私を殺したと思って安心して古山男爵のものとなったのでしょう。だが天は罪のない人を殺さない。私は貴女の鬼々しい心を知らず貴女を愛したのは生涯の過ちでした。その愛情がまだ消えず、可愛さ余って百倍の憎さに耐えることが出来ません。今更恨みを並べるのは我が身ながら愚痴とは分かっているが、愚痴は愚痴である。罪ではありません。私は罪がないために天道に助けられたのです。

 池に落ちは落ちたが水まで濁っているほどなので生い茂っている水草は何重にも池の面を閉ざし綱の網を張ったのに似ていた。私は幸いにして水草の最も厚い所に落ちたので、一度は体の重みと落ちて来た勢いで、水草を押し付けて沈んだが、間もなく浮き上がり、水草の力に持ち上げられて、自ずと表面に浮き出た。浮き出ると共に手先に触れるのは池に立つ乱杭の残りだったので、これに取り付いて心を静め、つくづくと考えてみると、一度水草の裏に沈んだら網にかかった魚のように、又出る事は難しいが、幸いに水草の上に載ったので、逃れて逃れない事はない。特に幼い時から水泳には妙を得たので、この上神の力を頼み、逃げるだけは逃げてみよう。」
とここに初めて非常な奮発を起こした。

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