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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2012.12.15

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四回

 読者よ、妾(わらわ)はなお洲崎嬢の顔を見ないうちに早くも嫉妬の念を出し、おのれ洲崎嬢、妾の愛する村上を取るなら取れ、村上は妾(わらは)のものだ。取ろうとしても取らせてなるものかと半ば狂気のごとくになり、大広間へと練り行ったところ、第一に妾の目に留まったのは嬢の姿であった。

 今から五年前、嬢が未だ十六歳の時その顔を合わせたことはあったがその時の洲崎嬢と今二十一歳になる洲崎嬢とは全く別な女かと疑われる。妾は一目見て先ずその美しさに驚き、二目見ては村上と非常に親しそうに踊る様子に眼が眩(くら)んだ。アア悔しい、村上は妾の秘密の夫である。もし取られても表向きは嬢と争う事は出来ない。

 妾はほとんど飛んで行って村上の体をむしり取ろうかとまでに思ったがどうしようもない。嬢と村上が踊るのは妾の父の指図で、更に古山男爵さえ加勢している。読者よ、妾の嫉妬の深いのを咎めないで欲しい。真の愛情には必ず嫉妬がある。嫉妬が無いのは愛情ではない。ましてや妾が村上を愛するのは天にも地にも無い愛情である。如何(どう)して嫉妬せずにいられようか。

 この時もし三分の間があれば妾は我知らず飛んで行って嬢につかみ付いたかもしれない。だが妾がこの室に入って行くと、一斉に先ほどから妾を待ち焦がれていた妾の奴隷否(いな)数多い若紳士が右左から妾を取り囲み、共に踊ろうと勧めて止まない。妾(わらは)は当家の一女である。ここに来ながら紳士と共に踊らないのは作法にかなわない。妾(わらは)はほとんど自棄(やけ)になりこの席で踊り死のうと、この体の続く限りは踊りに心を紛らわそう。妾はこのように思ったのでこれから相手を選ばずに手当たりしだいに踊り始めた。

 踊りながらも油断無く嬢の方へ目を注いで居ると、妾の僻目(ひがめ)かは知らないが、嬢は時々彼の古山男爵から目配せを受けているようだった。古山と嬢とは何か心に言い合わせて居るのではないか。だが嬢は目配せを受けながらもなお村上の傍を離れない。一堂の来客は皆、嬢と村上とは互いに愛し合う仲なのだろうと見て取った。

 他人すらこのように思うほどなので、ましてや妾の目から見たら二人の親しい事は言うまでも無い。もっとも村上は当惑の様子を現し、折りあらば妾の傍に逃げて来たいと思う様子も見えたが、彼或いは早くもその心を嬢に移し、唯妾の怒りをおさめる為わざとこの様な素振りを見せているのではないか。アア妬ましさ、悔しさ、妾は嬢の有様を見るのに耐えられない。

 一同の人々には踊りに草臥(くたび)れたと断って我が居間に帰って来た。帰って直ぐにベッドに登ったが心は焔(ほむら)に攻められて一刻も眠る事が出来なかった。明け方に至ってわずかにまどろんだかと思うと、夢にまで嬢と村上の姿が見える。妾はほとんど嫉妬の苦しみの中に一夜を明かした。

 朝の八時ににもなれば例のごとく村上が来るだろう。その時には十分に恨みを述べようと、唯それだけを心待ちに待ち詫びていたが既に八時を過ぎた。八時半を過ぎ、九時をも過ぎたのに村上はまだ来ない。これも秘密の恋の罰である。もし打ち明けて置いたならこの様な苦しみは無かったものをと身を咎め人を恨み、最早待ち兼ねて堪忍袋も張り裂けようと思う頃、来た来た、廊下に足音がして歩いて来た。
 村上かと見ると村上ではない。父である。父は妾の顔色が悪いのにも気が付かず、
 「嬢や喜んでくれ、村上と洲崎嬢とはどうやら物に成りそうじゃ。」
 (妾)オヤ、物になるとはどんな物になるのです。

 (父)「私と古山が付いていて抜け目無く立ち回るから三日のうちには夫婦約束が出来そうじゃ。アア、この様な嬉しい事は無い。今朝も村上の来るのを待ち受け吾女(そなた)の部屋に入っては又長くなると思い無理に手を取って洲崎嬢のもとに連れて行ったが、イヤ、もう嬢の喜ぶ事、アノ様子では嬢の方でぞっこん村上に惚れて居るが、未だ少し村上の方が何だか油が乗らないようじゃ。

 アノ通り正直な男だからまさかこの私が女房まで世話をしてくれるとは思わず遠慮をしているのだろうとは思うが、アレ程悟りが悪くても困る。せめて古山の半分も世辞に長けているならもう今朝の間に夫婦約束をしているけれど、しかし遠慮するうちが頼もしい。嬢の方でも、もうじれったがって今も無理に村上の手を取って、少し散歩しましょうと言って引きずるように外に連れて出たが、嬢は中々のやり手だよ。抜け目無く立ち回る。

 アノ様子なら今にも叔父さん、村上と夫婦約束が出来ました。祝って下さいなと小躍りして帰って来るかも知れない。アア嬉し紛れにしゃべって居て肝心の用事を忘れた。今夜も又嬢と村上の為にもう一夜舞踏会を開いてやるから、晩まで指図して僕(しもべ)どもにその指図をしなくては。ドレ、」
と言い捨てて父は後をも見ずに急ぎ去った。

 この言葉は一言一句皆妾(わらは)の嫉妬を引き起こす焚き付けだった。さては村上は父と古山とに連れられて妾の部屋には入ってくる暇も無く嬢の所に行ったのか。嬢に連れられ妾に顔さえも見せずに又外に出て行っったのか。今頃は如何しているのだろう。もしや嬢と木の陰に腰を並べ囀る鳥の音を聞きながら愛情の言葉を交わしては居ないか。

 妾は実に腸(はらわた)を掻きまぜられるより辛い。このようなところに新参の腰元、永く使っている腹心の腰元はこの頃嫁に行くため帰ってしまったので、今は新参の腰元が入って来て、朝飯の用意が出来たと知らせたので妾は不承不承に立ち上がって食堂に行き、物をも言わず食事を済まして再び居間へと帰って来たが運の悪い時には忌々しい事ばかり続くものだ。

 妾が又も思い悩んでいるところへ遠慮も無く戸を押し開いて入って来る人がいた。今度は村上かと見上げれば又違った。村上ではなく妾の敵だった。かの洲崎嬢である。嬢は余り作法など心得ない事と見え、馴れ馴れしく妾の傍に寄って来て、憎々しいほど愛嬌のある顔で先ずニッと妾の顔を眺め、宛(あたか)も嬉しさに我慢がならない様子で、挨拶さえ忘れたように、

 「ホントにこの様に嬉しい事はありませんワ。」
と先ず妾の癪に障る言葉を開いた。
 アア何がうれしいのだ。何ゆえに嬉しいのだ。
 妾は唯この一言を聞いただけで胸は既にムカムカムカ。

 読者よ、嬢はこれから何事を言い出そうとするのだろう。

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