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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.1.23

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第四十三

 判事の部屋は先の夜調べられた所である。早や勝手知った心で呼び出し人の先に立ち、その中へと進み入ると、礼野判事は非常に厳かに控えていた。無言のままで妾(わらわ)を椅子に就(つ)かせながら、しばらくの間何やら書類をめくって、
 「今日はサレスの宿屋で古山男爵を焼き殺した件を調べます。」
と告げた。妾は今迄洲崎嬢の件だろうと思い、父の勧めに従って白状する積りで待ち構えていたのに、古山の件と聞いては少し拍子抜けの思いがした。
 「オヤ、洲崎嬢のことはお調べにならないのですか。」

 (判)アレハは村上が捕まらなければ、他に調べる事は無いと先夜既に申して置きました。今日は丁度一週間目で、未だ村上の行方も分かりませんから、アレだけで終結と致します。それとも新たに申し立てる事があれば聞きましょう。
 妾は密かに考えてみるに、判事に妾を罪人と見なし、予審が終わったと言うからは、別に白状するにも及ばない事である。先にサレスの裁判所で心にも無い白状をして却(かえ)って判事に様々な事を問い詰められ、困り果てた覚えがある。

 白状は容易(たやす)いけれど、後の問いに一々満足な返事をする事が出来なければ、却って事を面倒にするのは確実だとこう思ったので、予審は終わったと言う判事の言葉に従い、無言のままに控えているだけだった。父と大鳥法学士が相談して白状せよと勧めてきたものを、白状しなければ気に掛からないでも無かったが、判事に於いて既に予審は終わったと言うのは証拠をもって直ちに白状と見なしたものなのだ。

 (判)この事件は一通り既にサレスで調べが済んでいます。その時の言い立ては怪しい影に魘(うな)されたとあり、又悪意をもって焼き殺したともあるが、この焼き殺したという方は貴方の名前からして違っているから、事実とは受け取りにくい。真実のところは如何ですか。
 (妾)ハイ、全く恐ろしい影法師に魘され、もしやと思って動かしたランプが非常に焼けているように思い、びっくりして投げ出したのに相違ありません。

 (判)フム、洲崎嬢を殺したことにより、、それで心が咎めて影法師を見たのですな。影法師と言うのは洲崎嬢の姿でしょう。
 読者の知るように、影法師は洲崎嬢の姿ではなく、全く村上の姿であったが、妾は既に洲崎嬢を殺したという旨を白状せよと勧められていることなので、別に言い争う気持ちは無い。この上はハイハイと返事して予審を済ませ、早く弁護人に会うことのできる身となり、十分に相談しようと思うだけである。よって唯、
 「ハイ」
と答えた。

 読者よ、妾はもともと十分に言い開く積りで連れられ帰り、初めて調べを受けた夜に、心のたけを言い開きは言い開いたが、その言い開きが通らないからは、最早どうにもしようがない。証拠も多くて妾の力では間に合わないものと諦め、一つには弁護人の力を借り、弁護人の力に合わないところは神の力借りるほかは無い。今の妾は連れ帰られた時の妾ではない。この時は言い開こうとの張り合いもあったが、今はその張り合いが無く、密かに我が力の弱いのを嘆き、我が運の無さに失望するばかり。

 (判)でも古山が死に際に貴方がわざと油を注ぎ火を着けたように言ったのは如何いう訳ですか。
 (妾)その訳は私にも分かりませんが、古山は私に嫌がられていましたから、唯その様に思ったのでしょう。もし古山が前から目が覚めていたのなら、じっとして私が石油を注ぎ火を付けるのを待っているはずも有りません。又、眠っていたとすれば私が石油を注いだのか注がないのか知るはずがありません。何でも我が身の焼かれる苦し紛れに、私を疑っただけの事に相違ありません。

 (判)では古山は普段貴方から憎まれていたのですか。
 (妾)従弟同士ですからそう憎みも致しませんが、余り仲良くは有りませんでした。
 (判)ナニゆえに仲良くなかったのですか。
 (妾)唯の従弟同士で居る間は当たり前に交わっていましたが、父が古山を私の夫にすると言い出して、古山も又何となく夫がましい態度を取るようになってきましたから、私は嫌いになりましたので。

 (判)夫がましいとはどの様な態度ですか。
 (妾)どの様なと申しても一口には申されません。
 (判)一口で言わなくても、幾らでも長く仰い。
 (妾)どうも言葉には言い尽くされません。たとえば一寸私が他人と親しく話しても何となく嫉妬深い様な目付きで私を眺めたり、又は後でその人に意地悪をしたりするようなことがあったり、総て何となくいやらしくなってきました。

 (判)では到底夫にする気は無かったのですね。
 (妾)元より死んでも夫には出来ないと思っていました。
 (判)それなのに何(ど)う言うわけで一緒の汽車で旅し、一緒の宿で泊りました。
 (妾)私から好んでした訳ではありません。私の乗ってる汽車に後から来て私を脅し、一人ではとても逃げることが出来ないから、連れて逃げてやると言い、また決して夫がましいことはしないから、一緒に逃げろと言いました。私は何処へ行って好いか先の土地さえ知らないほどですから、仕方なく一緒にいたのです。

 (判)フム、それだけの事で見れば、古山を殺した事件は過ちと認めることも出来ますが、コレも予審廷限りで放免する訳には行きません。洲崎嬢事件と共に公判に移します。
 (妾)ではこれで予審は済みましたか。
 (判)大抵は済みましたが明日まだ一応調べるかも知れません。今日はこれだけですから、調書に名前をお書きなさい。

 妾はこれから書記が読み聞かす調書に前のように我が名前を記し、又も案内者に送られて牢屋へと帰ったが、この翌日におよび判事自ら妾の牢に入って来て、予審の終わった事を告げ、早速弁護人を決めるようにと言われたので、妾は父に宛て一通の手紙を認め、直ちに弁護人を送ってくれと言ってやった。

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