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妾(わらは)の罪

黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2013.2.10

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  妾(わらは)の罪    涙香小史 訳   トシ 口語訳

                 第六十一

 

 
 (房)この様な次第ですから、私も全く華藻様が村上さんを突き落とした事とばかり思っていました。ところが華藻様が家の中に引き込むと、その後で又古山男爵と洲崎嬢が何か話を始めました。私は耳を凝らして聞いていましたところ、村上さんを突き落としたのは全く古山男爵です。
 読者よ。妾(わらわ)自らさえも妾の手の為村上が落ちたと思い、村上も又妾に突き落とされたと思っていた程なのに、その実古山男爵の仕業とは意外と言うのも中々である。

 (判)ナニ、古山が突き落としたとな。
 (房)ハイ、全くその通りです。二人の話を聞きますに、初め洲崎嬢から言葉を開き、
 「貴方は本当に酷い方です。何故村上を突き落としたのです。」
 (古)ナニ、俺が突き落とすものか。華藻が自分で突き落としたのさ。
 (洲)その様な事を言っても駄目です。今貴方はこの左の手を出してドンと突いたじゃありませんか。暗闇だと思って誤魔化しても駄目ですよ。華藻さんがいけませんと言う拍子に貴方が突いたに違いありません。そうでなければ村上が落ちる筈はないでしょう。ここから池までは一間(1.8m)も離れているじゃありませんか。貴方が一生懸命に力を出して突いたからそれでよろめいて落ちたのです。

 (古)俺が突く筈がない。
 (洲)「ナニ、ありますよ。このまま捨てておいては、ついに村上が華藻嬢に説き伏せられて、嬢と手を引いて逃げるだろうと思ったから、それで貴方は突き落としたのです。サア、村上を引き上げなさい。引き上げてもとの通りにして下さい。」
とこれから酷い口論が始まりましたが、どうしても古山男爵は突き落とさないと言い、洲崎嬢は突き落としたと言い、喧嘩の果しが有りません。

 「貴方がどうしても突き落とさないと言うなら、私が侯爵に訴えます。ことによれば侯爵からその筋に訴えてもらい、あなたの罪を糺(ただ)します。貴方は華藻嬢を手に入れたいばかりに、村上を殺しました。村上は私の夫です。貴方は夫の敵です。」
と言いながら、何でも組み付いたようで有りましたが、しばらくするうちに洲崎嬢の声で、
 「アレ、貴方は私までもこの池に落とすのですか。」
と叫びました。

 この声と共に洲崎嬢も落ちたと見え、再び同じ水音が聞こえましたが私は余りの恐ろしさに木の陰に潜んだまま身動きさえもせずに居ました。しばらくすると古山男爵は当たりに誰も居ないと思い、
 「脆(もろ)い奴らだ、二人をこうして無くしてしまえば、華藻はもう俺のものだ。」
とつぶやき、塀の方に行きましたが、私は今男爵に会わなければ会う時が無いと思い、その後をつけて行きますと、男爵は一町(109m)ばかり離れた街道の下へ行き、タバコを取り出して吸い付けながら、一人何かを考える様子ですから、私は何気なくその傍に行き、
 「今日暇を出されたから、約束の通り雇い継ぐようにしてくれるか、それとも外に口のあるまでしかるべき宿に定めてくれ。」
と言いました。

 古山は私が池の傍に潜み委細の様子を見ていたとは知らず、俺の頼みを聞けば宿も定めてやり、その上に五百フランの金を遣ると言いますからその頼みとは何かと問いますと、今夜の中に華藻嬢の部屋に忍び入り、華藻嬢が今夜着ていた着物の袖口にあるF字のボタンを取り、それを密かに侯爵の居間に持って行き、用箪笥の中に入れてくれと言いました。私は合点が行かず、もしやと思って男爵の袖口を見ますると、両方共ボタンがありませんから、さては今、村上と洲崎嬢にもぎ取られたのかと見て取りましたが、それをそう言っては男爵が立腹し、私までも殺すかもしれませんから、如何しようとしばらく考えておりました。

 そのうちに男爵は私の様子を伺い、もしや池の傍に居て委細の様子を知ったのではないかと思ったと見えまして、
 「お前は全体何処から来た。」
と聞きました。私は今まで裏門の方に待って居たけれど、待ち兼ねてこっちへ回って来たと、まことしやかに答えましたが、それでも未だ古山男爵は私を伺う様子で、
 「今の頼みを聞けば好し、聞かなければ事の様子を知っているものと見なし、酷い目に会わせる。」
と脅しました。

 人を二人まで池の仲に落とし、それで知らない顔をして居るような人だから、私はその頼みを聞かなければ、どの様な目に逢うか知れないと思い、それではその通りにいたしましょうと答えましたが、古山はそのポケットの中から小さい鍵を取り出して、
 「これが侯爵の用箪笥の鍵だ、これで二番目の引き出しを開ければ中にボタンを入れる箱があるから、その箱にF字のボタンを入れ、鍵は三番目の引き出しに入れて来い。」
と言いました。

 それから私は頷いて立ち去ろうと致しますと、又呼び留め、
 「実は事の仔細を離しておくが、この古池家にF字のボタンが二組あるので、一組は華藻が持っており、一組は侯爵が持っている。このボタンは家の後継ぎと決まった者に譲る品で、今日私が密かに侯爵の引き出しから取り出して付けていたのだ。その訳は即ちそのボタンを村上達雄に見せ、この通り俺が古池の後継ぎに決まったから直ぐに華藻を思い切って、洲崎嬢の夫になれと言い聞かす積りであった。

 ナニさ、言い聞かさなくてもこのボタンを見れば村上が様子を悟り、もう幾ら華藻を慕っていても無駄だと諦めるに違いないから、そこを見込んでF字のボタンを着けていたところ、一寸したことで紛失した。今このことが分かっては少し困る訳があるから、華藻のボタンを取り、侯爵の箱へ入れてくれ。そうすれば誰も嬢のボタンが紛失したと思い、俺の仕業だとは知らずに済むから、その積りで用心して遣ってくれ。」
と言いました。

 私はこれで以って古山の心を知り、万一死骸が露見した時に、その罪を嬢様に着せるためだとは思いましたが、今となっては断る訳に行かず、多分死骸が現れる事は無いだろうと思い、済まない事とは知りながらその言葉に従いました。それに古山男爵は未だ私を安心させるためか、
 「今こうしてボタンを取り替えても、一週間経たないうちに俺から侯爵に打ち明けるから、決して華藻の迷惑にはならない。華藻が疑われるのは僅か二、三日の間だ。」
と言いました。それですから私は嬢様に大した迷惑は掛けないだろうと思ってその言葉に従い、直ぐに嬢様の居間に忍び込みました。

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