巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面109

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳    

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                 第九十九回

     
 「まるで牢屋のようですね。」と言う何気ない一言に、セント・マールスはぐっと返事に詰まったが、ようやく「はい、実はあそこが私達が住んでいる所です。」夫人は驚いた様子で、「えっ、何とおっしゃる、貴方は役目がらお住みになるにしても、奥方の居間は他の所でしょう。」セント・マールスは益々口ごもって、「はい、いいえ、妻もやはり私と一緒に」「おや、まあ、嫌だ。あの様な陰気な所に、よく我慢して住んでいますね。」

 セント・マールスは恥ずかしそうに頭を掻きながら、「これも、役目で仕方がありません。」「貴方は仕方ないにしても、夫人をこんな所に住まわせるのは不親切です。なぜ、ルーボアに手紙を送り、もっと良い役目に回してもらわないのですか? それとも結局山の中の方が気が楽だと言うのですか?」「どういたしまして、夫人、この地に来てから八年の今日まで、どうにかして他に移されたいと妻と二人で嘆かない日は有りませんが、何分にも宮廷に縁が薄くて。」

 「縁故がなくても、私からルーボアに言ってやれば、きっと他の場所に移してくれますよ。もっともルーボアは融通のきかない性格だから、急には駄目かも知れませんが、私がパルマ国王の名前でルイに言ってやれば、すぐにもうまく行くと思いますが。」 セント・マールスは余りのうれしさに、頬のゆるむのも気がつかず、「それはもう貴方様のお手紙が有りさえすれば、国王陛下でも宰相閣下でも誰でも嫌だとは言わないでしょう。」「ですがまず夫人にお目にかかって、良くお話を聞いてからにしましょう。」と事もなげに言い放って、早くもセント・マールスを煙にまき、頑固な彼の心を綿のように柔らかにしてしまったのは、さすがにバイシンの腕前と言える。

 これから更に右の景色などを見ながら進み、建物の近くに行くと夫人は又も左方の高い塔を見て、「貴方のお住まいはここよりもっと奥ですね。ですがこの塔は空ですか?」と聞く。これこそルーボアから預かっている、何人かの囚人を閉じ込めて有る所なので、セント・マールスは返事も重く、「いいえ、空では有りません。」「誰が居るのかは分かりませんが、塔の上から見たらさぞかし景色が好いでしょうね。ねい、誰が住んでいるのですか?どなたが?」とあたかも母親に物を聞く子供のように、非常に物珍しそうに聞かれ、セント・マールスは困って「何、これは政府から私に預けられた人たちが居るところです。」

 「えっ、政府から預けられた、ああ分かりました。当ててみましょうか? 国事犯の囚人でしょう。」益々重大な事を聞かれ、セント・マールスはただうなずくだけだった。「それ、ご覧なさい。私がさっき牢屋の様だと言ったのも、まんざら間違ってはいなかったでしょう。けれど旅をすると本当に色々なところが見られますよ。」とただその場の雑談に紛らわすのも、なかなか苦労するところだ。セント・マールスは再びこんな事を質問されないうちにと「いや、夫人、ここが廊下の入口でこの奥に妻がお待申しております。」と言う。

 夫人も二度と聞き返さず、ただ口軽く辺りの様子などを話ながら奥に入ると、出迎えたセント・マールス夫人は、非常に田舎っぽい服装だったが、侯爵夫人はあたかも昔馴染みにでも会うように、手を大きく開いて抱き合い、なるべく話のしやすいように、儀式をくずして応対すると、女はまた女だけにセント・マールスよりは言葉の言い回しも上手で、一通りの挨拶を済ますと、大げさに飾りたてをした宴席に案内し、夫が夫人の従者らをもてなしている間に、早くも一方の椅子に案内すると、夫人はくつろいで椅子に寄りかかりながら、セント・マールス夫人の手を持ったままその顔をながめ、「なるほど姉妹とは争えぬものですね。貴方は本当にデフネロー夫人に生き写しですよ。」

 セント・マールス夫人はこの言葉におどろき、かつ喜び「おや、まあ、貴方様は私の妹を」「知っていますとも、デフネロー夫人から話を聞かなければ、この様なところに回っては来ませんよ。」、この様なところとズッといやしめた後で、「それにしても妹さんが宮廷にいながら、貴方を永くこの様なところに置くのは、余りにひどいでは有りませんか。」妹が引き立ててくれないのを、前から恨んでいたので、「本当におおせの通りです。」「ああ、そうだ、これほど陰気な所だとは知らないからでしょう。

 この次にはきっと私が妹さんを連れてきますよ。そうすれば貴方のような方は、宮廷で輝かなければならないのを、いつまでもここに置くのは意地の悪いことだと、気が付くでしょう。」「いいえ、妹の力だけでは、気が付いたところで思うようには行かないでしょう。」「なあに私が言葉を添えれば、ルイでもルーボアでもたいていの事は聞いてくれますよ。今もセント・マールスさんにそう言いましたが、こうしてお馴染みになるからには、貴方の気持ちを好く聞いた上で、もう少しはでな所に移して貰うように、宮廷に手紙を出して上げましょうか?」

 願ってもないうれしい話に、妻はほとんど椅子から転び落ちそうになりながら頭を何ども下げ、「本当にそうお願いします。貴方様でもお言葉を添えて下さらなければ、到底転任など出来るものでは有りません。私はもうこの土地が嫌で嫌で」「おや、それほど嫌ならデフネロー夫人を連れて来て、見せるまでも有りません。明日にでも私から手紙をやって上げましょう。なにご存じの通り、国王ルイは人付き合いの好い人で、女に直々に頼まれて、嫌だと言うことが決して言えませんから、それも自分の宮廷の女ではなく、私ならば、先ずルイにとっては客分ですから、たいていの無理は聞いてくれます。」

 「それはもう貴方様なら」「その代わり隣国のよしみですから、私の方でもルイの無理を聞くのです。」と途方もないこと言い出したが、言葉にはなんとなく本当らしさがただよっていた。高いところにいて身分の高さをほこらず、かえって民衆一般の口調を使い、心の底まで打ち解けたその中に、筆にも紙にも書ききれない言い回しのうまさがあり、特に隣国第一のパルマー国という、名前だけでも十分の重みがあるので、世間のことに暗いセント・マールスの妻などは、ただ有難がるだけで少しも疑わないのは無理もなかった。

 しかし、カスタルバー夫人の心は、ただこの夫婦を喜ばせるだけでなく、大きなねらいを隠していたので、どの様にしてこのねらいを実行するように話をもって行くか、密かに心を悩ました。

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