巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面111

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳     

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                 第百一回

 囚人を見せてくれとは言葉では非常に簡単なことだが、セント・マールスに取っては命をくれと言われるのと同じくらい難題だった。彼はうやうやしい態度とはうらはらに「ややや」と三声ほど出して後ろの方に飛び跳ねたまま、ひらいた口がふさがらず、どちらが自分の妻で、どちらがカスタルバー夫人かその見分けさえも忘れたように目を光からせて二人の女の顔を見比べるばかりだった。

 侯爵夫人はここでの言い方一つで、自分の心が疑われる様になってしまうと見て、たちまち声を張り上げて笑いだし、「これはおかしい。あははは、本当におかしい。貴方の驚きようと言ったら。余りに大げさでは有りませんか。ここまで来たついでだから、貴方が預かっている囚人を見せて下さいと言うのは当り前ですのに、私が言い出すか言い出さない中にそんなに驚くとは、貴方にもにつかわしくない。客あしらいを知らないのですか。私は怒りますよ。」これは冗談か、おどかしか、セント・マールスはまだ夢中で、「いいえ、夫人、決して貴方へ失礼する気は有りませんが。」とようやく口を開こうとしたが妻も側からこれを助け、「本当に大宰相からの言い付けが厳しいものですから。」

 「いくら厳しくても、隣国から来た客分にも見せてはならないとは言わないでしょう。」「いいえ、それさえも出来ないのです。特別に大宰相から許可が無ければどの様な人にでも。」「おや、特別に許可が有れば好いのですか?」 「さあ、特別の許可が出ますか出ませんか私には分かりませんが。とにかく大宰相からの命令がなければ。」「おやおや、それなら本当におしい事をしましたよ。そんなに面倒なことと分かっていたら、ルーボアに一筆その許可を書いてもらって来るところだったのに」。

 「フランス中何処に行っても、私の希望が聞かれないところは無かったものですから、やはり見せてくれと一言言えば、それですぐに見せてもらえると思ったものですから。簡単に思った私が悪かったのです。いえ、見せられないと言われると、益々見たくなるのが私の性格なものですから、今度来るときにはルーボアかルイに願って、その命令書を持って来ましょう。」と少し機嫌を悪くした様子を見せると、捕らえたり放したり思うままのこのかけひきには、セント・マールスは益々冷静ではいられず、断わりはしたものの、この様な勢力のある貴夫人の気を悪くさせたままでは、後々どんな目に会うかも知れないと、気をもむらしく、ぺこぺこしながら、「いえ、もう辛い役目がらなものですから、役目を大事にする奴だとお見のがしを。」

 「いえ、何も貴方に役目を破ってくれとお願いしたのではありません。隣国の貴族をもてなし、十分な満足を与えて両国の親善をはかるのも、やはりお役目の中だと思ったものですから。」と言葉付きと顔色を上手に使って言う様子は、千金の重みがあって、今までの口も軽く気も軽い侯爵夫人とは思われず、あっぱれ一国に君臨(くんりん)する威光ありと、セント・マールスはかしこまって頭も上げられなかった。ただその妻は恐る恐る小声で、「実はセント・マールスが役目を失うことになりますから。」と言うと、夫人も小声で「失ったら、私が今より重く取り立てますわ。」と妻の耳にささやきながら、さらにがらりと機嫌を直し、「おやおや、私もあきれた人ですね、自分の宮廷に居るような気になって、つい、日頃の我がままが出てしまいました。なに、セント・マールスさん、さ、さ、そんなに心配をする必要は有りません。仲直りをしましょう。ね、仲直りにセント・マールス夫人と手を取り合って、塔へ登ってこの辺の景色を見せてもらいましょう。」と言い、早くも事も無げに立ち上がった。

 塔とはこの囚人を閉じ込めたところで、塔に昇にも囚人をのぞかないわけにはいかないので、もちろん、他人を登らせるところではなかった。セント・マールスはまたもはっとして、どうしたら好いかを考えていた様子だったが、夫人は考える暇も与えず「おや、これまでもルーボアに禁じられているのですか?」と笑うと、囚人を見せるほどの難題ではないので、さすがにこれまでは断われなくて、大難を小難で逃げられた気がして、仕方が無いと黙っていると、妻もこの上夫人の機嫌を悪くしては、取り返しがつかないと思ったのか、手を引かれて立ち上がり、「はい、ご案内しましょう。」と言うのも辛そうだった。

 カスタルバー夫人は従者の一人に双眼鏡を取り出させ、片手にこれを持ち、片手にセント・マールス夫人に引かれ、これから塔の上へと昇ったが、本当の目的は景色をながめるのではなく、鉄仮面を救い出す為の筋道を考えるところにあるので、まだ囚人に会うことを諦(あきら)めてはいなかった。しばらくの間もっともらしくあちこちを双眼鏡で眺(なが)めていたが、やがて疲れたと言って、塔の廊下にあるベンチに腰を下ろし、セント・マールスの妻の手を取ったままで、「ええ、セント・マールス夫人、貴方だけの才覚があれば、私がパルマー国王に無理ばかり言っているように、夫に無理が通りそうなものですね。」

 夫をあごの先で使い、無理をねだり通すのを自分の才覚として自慢するのは、実際何処の国にもあることだが、特に女尊男卑(じょそんだんぴ)のフランスでは、昔からの習慣になっており、夫に意見を聞かれないのを恥としていたから、セント・マールス夫人はこれが恐ろしいことの前置きと知ってか、知らずか、「はい、たいていの事は私の思うようになりますが。」「そうでしょう。この才覚でしたら、そうでなくてはならないところです。」「ですが。」「いや、それならば貴方の才覚で囚人を見られるようにして下さいませんか?」とまたも持ち出す難題に、セント・マールス夫人は耳の辺まで赤くして、当惑の色を隠さなかった。結局カスタルバー夫人の希望はかなえられるか否か。
  
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