巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面129

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百十九回

      
 明日は又早朝に出発するので、セント・マールスを初め一行の人々は、早く床につき、夜の十一時にはセンスの別荘はすっかり静かになった。ただ塀の外に一人の寝ずの番人が、足音高く巡回するばかりだった。月はすでに山に隠れ、星の光だけが雲間から三個、四個もれているのが見えるが、樹木が生い茂り昼でさえも薄ぐらい山陰なので、物を見分けるのも難しいほどだった。

 このような折しも裏手の方でふくろうの鳴くような変な声がした。ふくろうは夜鳴く鳥で、その声は昔から秘密の仕事を企む者が、多く合図に使うものだから、番人はこれを聞いて油断してはならんと思ってか、たちまち足音をしのばせ、しばらく耳を澄ましたが、また同じ方角から同じ声が聞こえてきたので、彼はそろりそろりと忍び足で裏手に回り、老木が最も深く生い茂っている辺りに立ち、同じくふくろうの声を真似して一声呼んだ。

 察するにこの声に誘って、本物のふくろうか偽物のふくろうかを見極めようとしたのだろう。それともこの番人もくせものの仲間なのだろうか。この声が終わるか終わらないかの中に番人の足元からのっそりと現れた一人の男があった。

 番人は闇の中にその黒い姿を見て、驚いたように一歩下がり、
 「ああ、ここにしゃがんでいたのか。」と辺りを気にするような小さな声で言うと、今現れた闇の中の男も同じくらいのささやき声で、
 「まだ少し早すぎるかと思ったが、」
 「いや、丁度よい時刻だ。寝ず番は俺以外にもう二人居るが、そいつらには酒を飲ませ、今やっと眠らせたところだから、なかなか目は覚まさないだろう。それにしてもバンダ様は?」

 「おお、次の宿場の宿屋に泊まり、吉報を待っている。首尾よく鉄仮面をさらえたならすぐその宿に引き上げて、間道からイタリーに逃げ込む積もりだ。」「
 それはよいが、今夜の仕事は余程難しいよ。セント・マールスめがなかなか油断しないから。」

 「それは前から覚悟の上だ。しかし、又不意に疑われるような手落ちでも有ったのか?」
 「なあに、そうではないが、鉄仮面を二階のどの部屋に置いて有るかそれを見極めて置こうと思って夕方の中に俺が二階に上がって行ったのさ、そうしたら丁度セント・マールめが、鉄仮面を乗り物から出して、別荘の自慢をしているところさ、」

 「何だ、セント・マールめがそんなことを」
 「そうさ、セント・マールスと言う奴は意地も悪いが、何でも自慢をせずには居られない馬鹿者だから、自分で初めて別荘を持った事がうれしくてたまらず、鉄仮面にまで自慢したいと思ったか、そっと出して窓の所に連れて来ていた。」

 「では、鉄仮面の顔を見たのだな」
 「何、顔は見えなかったが姿は見たよ」
 「もちろんモーリス様だったろうな、バンダ様などはもうどう考えてもモーリス様に違いないと言っているが。」

 「そうさ、何しろもう年もとった事だからどっちとも分からなかったが、鉄仮面も俺の顔を見て余程驚いた様子だった。これを見るとどうしてもモーリス様だと俺も思った。けれどもすぐにセント・マールスが驚いて俺を叱り、鉄仮面を乗り物の中に押し込めたので仕方が無い」

 「なるほど、それだからセント・マールスが特別に用心をしていると言うのだな。」
 「なあに、それは俺がうまくごまかして置いたが、何しろ根があの通りの用心深い男だから、」
 「そうそう、俺も八、九年彼に捕らわれていたのだから良く知っている。」

 「ところで、この通り砦と違い別荘だから、どんな事で囚人を逃がすかも知れないと言い、決して油断はしないのさ、砦を出るときからセンスの別荘では、一番用心をしなくてはいけないと、兵士一同に言ったほどだから」「そいつは少し都合が悪いな、と言って今更見合わすと言う訳にも行かない。一かばちかだ、やってみよう。と言い、早くも高い塀によじ昇ぼろうとするように上を見上げた。
 このくせものは即ちブリカンベールで、番人はこれコフスキーであることは、読者の既に察したところだと思う。コフスキーはブリカンベールの手をとって、

 「何、ここからは乗り越えられないよ。こっちに来い。」と言ってなおも先の方に連れて行き、前から隠して置いたと見え、落ち散った枯葉の下から梯子を取り出し、これを難なく塀に立てかけ、自分から先ず上り入ろうとした。ブリカンベールはこれを捕らえて「これこれ、お前は何をする。俺と一緒に働く積もりか。」
 「もちろんさ、二人で力を合わせなければ、」
 「いけない、いけない、お前は何も知らないふりをして相変わらず、塀の外で待っていなよ、力は俺一人で十分だ。」

 「だけど」「いや、うまく行くやら、行かぬやら分からないから、十分に気を付けなければならない。もし、失敗して俺が捕らわれても、お前さえ生きていれば、パリに来て二度目の企てが出来ると言うもの、お前は何でも今まで通りセント・マールスの気にいられ、少しも疑われないのが肝心だ。これはもうバンダ様からくれぐれも命令されているから、背く訳には行かないよ」コフスキーは恨めしげに「では何か、お前が命がけの仕事をするのに、俺には知らぬ顔で居ろと言うのか?」

 「そうよ、バンダ様の命令だから仕方がないよ。それに俺がうまく鉄仮面を引き連れて逃げれば良し、その時はお前も一緒に逃げ去るが、もしひっさらうことが出来ずに、俺が一人で逃げることになったら、お前は後に残り誰にも疑われないようにして置かなければならない。」
 「それはどうして。」
 「寝ず番の一人を塀の外で叩き殺し、丁度塀から落ちて死んだ様にして置くのさ。そうすればその者がくせ者で塀を乗越え逃げようとして、転げ落ちて死んだとセント・マールスも思うからお前も疑われず、俺にも追っ手がかからないと言う訳さ。

 そうして置けばこの後再びどんな事でも出来るよ。何でも味方が俺とお前の二人になってしまったったから、バンダ様も心細く、たとえ、どんな事になっても、又の企てが出来ないように、後を濁してはいけないと繰り返し言っておられたから、お前もその気で居てくれよ、コフスキー、俺は逃げ損じて殺されるかも知れないが、その時、お前まで疑われ、捕らえられることになったらバンダ様を誰が守る。
 広い世界にただ一人になってしまうではないか。俺はそれを思うと涙が出る。これ、コフスキー、俺がいなくなった後ではバンダ様の力になるのはお前ただ一人だから、それを思ってお前は無闇なことをするなよ。」と勇士の目に涙を浮かべ言い聞かせると、コフスキーもこれには逆らえず「よし」と言って従った。

 これは実に決死隊の末路で、言い聞かせるブリカンベールも聞くコフスキーも共に断腸の思いだった。それでコフスキーは更に中の案内などを語り聞かせ、更にポケットから一個の鍵を取り出して渡すとブリカンベールはこれを受取り、難なく塀の頂に登り、またもそのはしごを取り上げて内側に掛け、ふらりふらりと降りて行った。コフスキーは又知らぬふりをして元のように巡回を始めた。

 ブリカンベールの運命はどうなることだろう。虎穴に入るよりもっと危ないことなので、彼がピネロルの空中で射殺された、アリーの二の舞にならなければ幸いなことだ。

つづきはここから

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