巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面131

鉄仮面    

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳      

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                 第百二十一回

 階段の下の二人の兵士は難なくおびき出したが、部屋の向こうに寝ずの番をしている一人の士官はどの様にしてだましたらよいだろうか。これはブリカンベールには考えもつかない難問だった。射殺されるのを覚悟でつかつか中に入っていって彼を捕まえようか。捕まえる前に彼のピストルの弾に当たって犬死するのは必然だった。よしんば捕まえることができても、彼がもし声を出して人を呼ぶか、我ととっくみ合い、つかみ合って物音を立てることになったら、我が目的はたちまち駄目になってしまう。

 どうしたら良いだろうと心を悩ましながら、なおも中の様子を見て見るが、、セント・マールスが何処にいるのか、鉄仮面の乗り物が何処に置いてあるのか、ただ細い鍵穴から見るだけなので、それらの様子は少しも分からず、目に入るのは正面の士官の姿だけだった。

 あるいはこの部屋は鉄仮面の居る所ではないのだろうか。鉄仮面はセント・マールスと別な部屋で寝ているのだろうかと、一度は疑ってみたが、鉄仮面の部屋でなければ、寝ずの番がいるはずがない。
 この部屋の片隅に彼の乗り物もあり、セント・マールスも眠っているに違いない。

 部屋の戸を開けるのは、コフスキーから貰った合鍵があり、今はただ一歩で目的を果たせるところまで来ているのに、ここまで来てあの士官に妨げられるとは、我ながら残念で仕方がなかったが、ブリカンベールはどうしようもなく、のぞいては考え、考えてはまたのぞくなど、何度か同じ事を繰り返したが、急に思い付くことがあったと見えて、そろそろとこの場所を立ち去って、廊下の奥の方に進み、部屋を抜け、窓をくぐったりして、ようやく士官のいる後ろに回った。

 この部屋は前後両方に入口が有る構造で、士官は一人で両方を守るため後ろの戸の側に腰をおろし、向いの戸を眺めているものと見える。ブリカンベールはこう気が付いたので、またこちらの穴からのぞいて見ると、果たせるかな、鍵穴はほとんど士官の背にふさがれるようになっており、ただ、黒い一物の両わきから、ほんのちょっと部屋の明りがさして来るのが見えるくらいだった。

 ブリカンベールはここで非常に大胆な決心をして、たとえ、セント・マールスに出くわしても自分の顔が分からないように、まず持っていた頭巾で顔をつつみ、静かに鍵穴に鍵を入れ、低く自分の体を沈ませて音がしないようにその鍵を回そうとすると、辺りはひっそりと静まりかえっている真夜中で、今もまだ庭のあちらこちらでときどき鳴く狐の声のほか、耳にはいるものが無いので、士官は早くも鍵の音を聞きつけて、「オッ」と言って立ったようだった。

 ブリカンベールは少しも恐れず、やるのは今だとうなずいて、ひと思いに戸を開くと、立っていた士官はほとんど自分の頭に落ちかかるかと思うほどの勢いで進んでくるので、ブリカンベールはものも言わず下から自分の手を差し伸ばして、士官の喉首をいやというほど握った。その技の早いことは、実に電光が撃つようで、士官はグウの音を出す暇もなかった。

 なお、ブリカンベールは士官が藻がいて床板などを踏みならすのを恐れ、喉に手をかけると共に立ち上がり、腕を上の方に差し伸ばして、自分の体を弓のように左の方へ反らしたので、士官の足は高く床から離れ、踏もうとしてもただ空を踏むだけだった。

 士官は丁度首吊りで空中に吊られた人のようで、取り付くところもなく、空しく四方八方を蹴りながらも、両手でブリカンベールの手をつかみ、死際の怪力でかきむしる様子は見るのも恐ろしい程だったが、何の甲斐もなかった。

 ブリカンベールのこの時の姿は、さながら石で刻んだ勇士の像かと見まちがえるほどで、少しも動かず、およそ十分間あまり士官を差し上げたままだったが、そのうち士官が全くこと切れとなったので、ブリカンベールは眠っている小児を扱うように、両手で軽がるとこれを抱き、音がしないように静かに床の一方に横たえたが、死際の苦しみは明かにその顔にも現れ、見張った目は、玉も飛びでるかと思われるほどその周囲から血が出ており、口は恐ろしいほどに開き、長い舌を垂れているなど、一目でぞっとする様子だった。

 さすがのブリカンベールもこれには心を動かさずにはおれず、口の中で「これ、仕官、許してくれ、人を不意討ちにするような卑怯な男ではないが、これも大事な目的のため仕方が無い。気の済むように後でこのブリカンベールを取り殺すとも、祟る(たたる)ともしてくれ。」と勇士はまた勇士だけの祈りをささげ、さらに部屋中をを見回すと、セント・マールスはどうしたのかその姿はここには見えなかった。ただ、次の間の境にのれんの様なものを垂らしているのは、たぶん、寝室の入口で、彼はその中に眠っているのだろう。

 これを開いて彼を驚かすには及ばない。のれんの外には目指す乗り物が据えて有る。セント・マールスの知らない間に鉄仮面を連れ去るのは簡単なことだと、まず、部屋の出口に行き、先ほどのぞいていた前の戸を開いて置き、次に乗り物の側に行って耳を当てて聞いてみると、有難い、有難い、鉄仮面は正しくこの中で眠っている。体もひどく疲れていると見えて、高く低く不揃いないびきの声は、物寂しく、死人の恨みを訴える様に聞こえてきた。

つづきはここから

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