巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面27

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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              第十八回                 a:1671 y:0 t:1

 
 ブリュッセルからの急使とはそもそも誰だろうと、夫人は心配の胸をさすりながら「誰だろう、え、バイシン」「私にも分かりません」「でも、今にブリュッセルから便りがあると貴方は見抜いていたでは有りませんか。」「見抜かなくても、もう誰かから便りが有る頃ですからそう言ったのです。

 今にここに来るでしょうから分かります。それよりも、この辺をお片ずけしなければ」と言いバイシンは取り散らかしてあるヒリップの道具などを片付け、窓を閉めたりして先ほど侍女が持って来たランプを部屋の真中に置き、自分は面会の邪魔にならないように隅の方へ退いた。この時、侍女が急使と言う者を連れて来た。「この方です。」と言って侍女は部屋を出て行った。

 ランプの弱い明りで顔ははっきり見えないが、姿は非常に頑丈そうな一人の武人であった。恐る恐る歩み寄り無言のまま頭を下げているが、今までに見た事の無い人だったので夫人は自分から声をかけた。「ブリュッセルから来たと言うのは貴方ですか。どの様な知らせですか?」急使は割れ鍋のような声で「貴方様は私をお忘れになりましたか?」

 聞いたことのあるような声だが思い出せないので、側のランプを取り遠慮会釈もなくその顔に向けて見て、夫人は驚いて一足下がり「貴方は、貴方は」「ああ、有難い、お忘れになっておりませんね」夫人は又一声高く「ナアローの二階で私を引き留めた無礼な顔をどうして急に忘れられようか。貴方はナアローの友達で私の寝室の出口を見張っていました。今度も又ナアローの命令でオリンプをだましに来たのですか。」と叱りつけるのも無理はない。

 彼は全く夫人をローレンザと間違いたあの男爵アイスネーだったのだ。腰に下げた剣はかってモーリスを傷つけた、あの恐ろしいフランベルジーンだと見える。アイスネーはこの怒りに少しも怯(ひるむ)まず、「私が本当にナアローの友達で貴方をだましに来るほどなら、あの時貴方を逃がしたりはしません」「あの時は侍女ローレンザと真違えたのです。オリンプと知ったならすぐ捕まえるところでした。逃がしてくれたのは貴方の落度で、少しも恩に感ずるところは有りません。」

 アイスネーは本当に恨めしげな口調で「何で恩に着せましょうか。失礼ですが夫人、このアイスネーはあの時から身も心も貴方の奴隷になりました。貴方様の柔らかな唇は六尺の大の男をとろかしたのです。」夫人はまだアイスネーの言葉の意味が分からず「貴方が何とおっしゃってもナアローはもう私の友達では有りません。彼はルーボアの手先です。その手先の所から来たのですから貴方の言葉は聞くに及びません。」荒々しく言い退けて戸の方を指さしたのは、面会もこれまでだから出て行けとの意味だった。

 アイスネーはそれでもまだ諦めず「貴方のただ一度のお情けに、心も乱れ、役目も手に付かなくなりましたので、ナアローからは疑われて、密かに敵に心を寄せる油断のならない男だと報告され、今はルーボアに、にらまれる身となりました。モーリスを傷つけた手柄まで、かえって言いつけに背いたと落度に数えられ、今はもう、モーリスの一味と同じく国の賊にされてしまいました。

 貴方に身を寄せ、犬馬同様に使われる以外に道は有りません。憎い奴だと今まではお恨みでも、これからは手下の一人としてお使いいただければ、このフランベルジーンで誰彼の容赦なく貴方の敵の首をはねます。どうかお願いします。オリンプ夫人、一度のキッスに命までも投げ出した大の男を哀れとは思いませんか。」と夫人の裾にすがりついた。

 ああ、その名を世に轟かせた身をもって、今は愛情の奴隷となり命までも夫人に捧げようとするのか? 実際の所、フランスは女性中心の国で、その勢力は武人に優り、昔から多くの英雄が心を女性の虜にされ、女性に顎で使われたり、ぶざまな最後を遂げたり、あるいは、恐ろしい陰謀を企てたりする例が多かった。

 ましてオリンプ夫人は容貌は絶世の美人というほどではないが、男子を悩殺するのに一種の妖力(ようりょく)があり、かっては国王ルイまでもただ一度の流し目で気違いのように虜にしたほどなので、特にこの男爵アイスネーは武器を取っては天下に並ぶものが無いほどの剛の者だが、

 婦人の愛には浴したことも無かったので、あのナアローの目にさえも、女に対しては子供のようにだらしがないと見られていたほどだから、思ってもいなかった事だが、オリンプ夫人の柔らかな唇に吸われて、これを二度とない名誉と思って魂が迷い、有頂天になり、心を翻(ひるがえす)してしまったのも無理の無いことだった。

 これを有り得ない、絵空事と思うのはオリンプ夫人を知らず、アイスネーの一本気を知らない者の言うことだ。裾をつかまれて夫人は驚き「え、この人は、ええ、貴方はオリンプ夫人を誰だと思っているの」

 「ええ、無礼では有りません。アイスネーの命の持ち主だと思います。ただ貴方に使われていさいすればアイスネーはそれだけで生涯の願いは満足します。死んでも恨みは有りません。お願いです。オリンプ夫人、恋に迷った男としてこれから手下の一人に加えてやると、ただ一言おっしゃって下さればアイスネーは貴方の犬です。奴隷です。」

 「貴方の大事を聞き込んで、どうかお助けしたいと思うだけで、百里の道を駆けてきたアイスネーをまだお疑いですか。」夫人はまたも腹だたしげにその裾を払いのけ、ほとんど彼の顔に唾を吐きかけんばかりの剣幕だったが、この時部屋の隅から声がして「アイスネー男爵は今から私達の仲間です。夫人の手下に加えられるテストと思い、命を的にして働かなければなりませんよ。」と言いながら出て来たのは、先ほどから隅の方に控えていたバイシンだった。

つづき第19回はここから

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