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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面28

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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            第十九回                a:1610 y:0 t:1

 夫人の他に誰も居ないと思っていた部屋の隅から、バイシンが出て来たのには男爵アイスネーも非常に驚いたが、バイシンはこれには構わず、夫人の耳に口を寄せて急いで何かをささやいた。アイスネーの心を見抜いて、もうこの人を疑う必要は無くなった事を話したのだ。他人の言葉にはなかなか耳を貸さない夫人だが、バイシンの言うことは今まで一度も真違っていた事がなかったので、夫人も反対できず、すぐに気を静めてアイスネーの方を向き、「では聞きましょう。私達についての大事な事を聞き込んだとは、どんな事です?」

 初めて優しい言葉を聞きアイスネーは、あたかも主人の手から食べ物をもらう犬のように、もし尾があったらどれほど振ったかわからないと思われるほどのうれしさを顔に現して「はい、他でも有りません。ナアローの方では貴方がた一同の連名が、ある手箱に入れてあると言うことを聞き出し、その手箱を盗みだそうとしています。」バイシンは側から「その盗み出す役目はもしかしてらヒリップでは有りませか?」

 ズバリと当てられ、アイスネーは驚き「どうして分かりました?」夫人は心配でたまらないと言った様子で、「あのヒリップがどうしてまあ、気でも違ってしまったのかしら?」「いえ、これがナアローの上手なところです。彼は恐ろしい弁舌でヒリップをだまして、自分の味方に引き込んでしまいました。ヒリップは今ではナアローとルーボアの大忠臣です。」

 「それはどうして又。」「初めから話さなければ分からないと思いますが、貴方がナアローの別荘を逃げだした後で不思議なことが起きました。あの侍女のローレンザと言う者が卒中で死んでいました。これが卒中でないことは貴方がご存じでしょう。私も大体は推察していますが、とにかく医者は卒中にしてしまいました。この秘密を私に悟られはしないかと恐れた為に、ナアローが私を厄介者にしたのですが、それはさておき、ナアローはその後でヒリップを呼び、うまく説(と)きふせて自分の味方にしたのです。」

 もしも、ヒリップが夫人をあざむいていたことを思い出せば、彼がなぜやすやすとナアローに説きふせられたかを納得できたろうが、夫人は今や全く彼が欺いていた事を忘れ、ただ彼を恋慕う一心なので、「それは、納得出来ません、そんなに簡単にナアローに説得され、私の敵になるような男ではありません。」

 「いえ、全くナアローがだましたのです。彼は貴方の夜逃げを種にして、オリンプ夫人はモーリスに心を寄せ、モーリスを介抱するために立ち去った。とこう言いました。ですからヒリップはひどく腹を立て、貴方を不実な人だと思ったのです。」「えっ、何を言うのです。私が不実ですって」「はい、そのようにだまされて恨むところへ、ナアローはここぞと付け込んで、この仕返しにモーリスの妻を盗んでやれ、とこんな事を言いました。」

 「えっ、あのバンダを」「はい、なんでもそんな名前でした。それでヒリップはモーリスを恋の敵(かたき)と思い、その愛する妻を取れば、仇(かたき)が打てると言うつもりで、名前をオービリヤ大尉と名乗り、考え付くだけの知恵をつくして、今はバンダに取り入っているのです。」

 夫人は話を聞くに従って又カッとのぼせ上がり「えっ、バンダは年も若いし、器量も良いし、ヒリップはもうーーーバンダへの愛に溺れて、バンダだとてあのヒリップの美顔を見てはーーーーつい、心も動かして、あのバンダ、あのヒリップーーーー」と嫉妬(しっと)深い夫人の胸は今にも張り裂けるばかりで、我とわが身を苦しめるのはどんなにか辛いことだろう。

 バイシンは夫人の手を取り「貴方は何をおっしゃります。バンダの心を知りませんか。かよわい女とは言うものの、あれはやはりモーリスの妻です。初めて会った男に心を動かすことなど有りません。私はあの手箱がバンダの手にある間は、誰も盗むことなど出来ないと安心しております。ましてバンダの心を盗む事など、手箱を盗むことよりなお難しいことです。貴方にはそれが分かりませんか?」とたしなめるように諭(さと)されて夫人はやっと我に帰り、

 「おお、バイシン、許しておくれ。私はつい色々な心配から、ああ、自分でも気が狂いはしないかと思うぐらいです。」と少し恥じらう様子で再び椅子に腰を下ろしたが、心ほど不思議に動くものはない。

 バイシンの今の諭しに一時心が落ち着いたものの又そろそろと話が横道にそれ、「おお、そうだ、心配することはない、バンダが心を動かすはずもないし、それにヒリップだって私を愛していればこそ、そのように腹を立て、バンダを盗んでその腹をいやす気にもなったのだろう。今の内に救ってやればヒリップの心は変わらぬ。変わりはしません。」と無言のうちにつぶやき、更に又、アイスネーに向い、

 「今ヒリップは何処に居ます。すぐにこれから私が救いに行きます。彼の身はバイシンの言うとおり、危ない道を渡っていますか?」、「はい、まるで剣の刃の上を渡っているようなものです。彼がもしモーリスの一味に、ナアローの回し者と見破られたら、すぐにその場で射殺されます。」

 夫人は心の底から胸を貫くかと思われるばかりの声を出したが、バイシンは又なだめて、「なに、決してモーリスらに見破られる心配は有りません。その心配があるなら第一ナアローが使うはずが有りません。それにヒリップは今まで宮廷に居て、モーリスの仲間には顔を見られたこともなく、かつ又彼の気質を見ると人をだますには、天才的な才能を持っておりますから。」

 「そんなことはない。そんなことはありません。」「いえ、とにかくモーリス達に見破られる心配はありません。ただその仕事をうまくやり遂げた時に、ルーボアに殺されます。人に秘密を打ち明け働かせ、用事が済めばこの者は秘密を知っているゆえ、生かしてはおけぬと言って、何かに事寄せて殺すのが、今までのルーボアのやり方です。」夫人の顔には血の気が全く無かった。

 アイスネーは又バイシンの眼力にただ驚き、「全くご推量の通りです。私はナアローの書きかけたルーボアへの報告書をそっと読みました。その中にナアローの工夫がこまごまと書かれてありました。」「なんて、なんて書いてありました?」

 「全部読み終わらないうちに、ナアローの足音がしたので、全ては分かりませんが、何でもヒリップもモーリスも一緒に魔が淵で虜(とりこ)にして、色々取り調べ、その後、一味に彼らが虜になった事が知れると、かえって後の一味をあおり立てるだけなので、他の一味にはモーリスらの一行が、途中でどこかに消えてしまって分からないようにするため、捕まえたらすぐその場で一生外れない、鉄の仮面をかぶせ、誰も知らないところに、隠してしまおうと考えているようでした。それでその仮面の作り方まで書いてありました。」

つづき第20回はここから

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