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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面31

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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          第二十二回                 a:1389 y:0 t:1

                  
 秘密の手箱は何処にあるか。と聞かれてバンダはドキリと驚いた。バンダがもし前にコフスキーからオービリヤ大尉が怪しいと言うことを聞いていなければ、今この問いに怪しまず、かえって自分の重荷が無くなると喜び、詳しくその隠し場所を教えてしまうところだったが、バンダは今なおコフスキーの言葉を忘れず、いや、ほとんど忘れていたが、オービリヤの問いにたちまち思いだしたのだ。

 我が党一同の命とも言うべき品なので、誰もこんな所に隠して有るとは思いもしない様な所に深く隠して置いた物なので、少しでも疑わしい人に話すことなど出来ようか。モーリスが本当にこの様な指図をしたのかどうかは分からないけれど、一度口に出したら取り返しがつかない。当然と言えば当然だが、疑ってみると彼があの箱の在処を聞くこと自体がかえってあやしい。彼はあるいはルーボアの命令を受けてあの箱を盗みだしに来た者ではないのか。

 この様に思うと今まで彼の親切を有難いと思っていた事が、益々憎くなり、バンダはしばらく無言のままで、彼の心の奥底まで見破ろうとするようにじっと彼の顔を見ていると、有りがたや、有りがたや、この時何処か遠くからひずめの音が聞こえて来た。多くの馬が走って来るような感じなので、バンダはこれをきっかけにして「おお、モーリスが帰って来たようです。と言い庭の方へ走り出ると、確かに数匹の田舎馬を連れ、この家の主人と共に夫モーリスは帰って来た。
 
 バンダはうれしさに耐えかねて「よく帰ってくださった。」とモーリスの腕にすがりつくと「おお、これだけの馬を手に入れるのだから非常に手間取った。とうとう予定より一日無駄にした。」とつぶやいた。これも疑いの種で、あるいは昨夜、厩(うまや)が焼けたのもコフスキーの言ったように、オービリヤの仕業で、一方では皆を遅らせて敵に用意の時間を与え、一方では又モーリスを留守にして手箱の在処を聞き出す企みではなかったのか。

 そうとすればこのままに捨てては置けない。早くこの事をモーリスに打ち明け、オービリヤに気を許さないようにしなくてはと一人心を悩ませたが、そのうちに早、オービリヤは一同の者と一緒に出迎え、モーリスの回りを取り囲んでいるので、バンダはモーリスと話す機会がなく、仕方なく引き下がった。

 そこでモーリスは皆に馬を与え、無駄に一日を過ごしたので、これ以上ここに留まってはおれないと言い、夜になってしまったが、出発しようと一同に準備を促し、水車場を出発したが、川を渡った後はすぐ山道になり、誰も知らない魔が淵目指して進んで行くので、ほとんど道の無いところを分け入って登る程だったが、すでに下調べをしていたコフスキーが先頭に立ったので、方角を見失って迷う心配はなかった。

 この様にして進んで行く中にバンダはちょっとの折りを見てモーリスに向い、オービリヤが手箱の在処を聞いてきたと話すと、モーリスは少しも怪しまず「それはオービリヤがよく役目を勤めたと言うものだ。私に万が一の事があったらお前も生きてはいないと思うから、私がオービリヤにそう頼んで置いた。

 ブリカンベールでもいれば別だが、ブリカンベールもいないから我々両人が亡き後で箱を焼き捨てる者が誰もいない。どうしてもオービリヤにそのことを頼んで置かなければ」「では、オービリヤ大尉はもし貴方が無くなっても、この世にに生き残る覚悟の人ですか?」「俺が死んだら生き残ってかたきを打ってもらわなくては。」

 バンダはほとんど恨めしげに「貴方にもしもの事があったら、私が生き残ってかたきをとります。その敵を打ち取るまではどの様な苦労も耐えしのび、この世に生きています。」「お前はそう言う覚悟でも、信任する者にだけは、箱の在処を知らせて置かなければ、実を言えばあの隠し場所だってまだ心配だ。人が入らないところではないし、どんな事で見つけられないとも限らない。謀反が失敗するような事があったら誰でも逃げ帰って焼き捨てなければならない。」

 「ですが、貴方はそれ程までにオービリヤ大尉を信用しても良いとお考えなのですか。」と言って更にあのコフスキーが言った疑いを話そうとすると、モーリスは一言にもう良いと打ち消してオービリヤの方へ馬を進めたので、バンダはがっかりして一人心を悩ました。

 これから二夜を山で明かし、三日目の夕刻にようやくペロームの谷川近くに押し寄せたが、バンダはなおオービリヤに気を許さず、それとはなく彼の動きを見ていたが、彼はどうしてか、谷川が近くなるにしたがって今までの活発な様子が、段々ふさぎ込んで来て、口さえろくに聞かなくなった。自分では隠そうとする様子だが心のうちの心配は隠しようがなく、ややもすれば気ずかわしげにあちらこちらを盗み見する様子はただ事とは思えなかった。

 バンダは密かにその理由を考えてみて、ひょっとしてこの川の向こう岸が敵の待ち伏せする場所で、彼はその伏兵の準備が整っているかどうかを心配しているのではないかと思い、自分もなるべく彼が盗み見る方を見ていると、彼の目はほとんど向こう岸に注がれていた。

 やっぱりと思って見ている内に、遥か遠くに星のような一点の明りが見えたので、これは多分敵からのオービリヤへの合図ではないかと思い、バンダは馬をコフスキーの側に寄せその光を指さして、あれは何だと思うと聞くと、コフスキーも初めて気が付いたらしく、馬上に背伸びして眺め「ああ、あれが丁度ペロームの守備隊ですよ。屋根の上に常夜灯が付いているのです。

 さあこれからもう魔が淵までは一里半です。十一時半には向こう岸に渡れます。」この言葉を洩れ聞いて、一同は非常に勇み立ったが、特にオービリヤは今までの心配がたちまち晴れたように「そうすると、夜の明ける頃には、我が党はもう守備隊を五、六里も背後に見ることとなるな。愉快、愉快」と小踊りした。

 一人バンダは益々怪しみ、常夜灯ならばもちろん合図ではないことは明らかだが、ならばオービリヤの様子がたちまち変わったのはどうしてだろうか。同じ常夜灯にしても何か合図の意味を含んでいなければ、あの様に彼が喜ぶはずはない。どちらにしても、魔が淵へ着くまでには更に何か気づくことが有るだろう。その時こそ、どうしてもモーリスを呼び止め、私の疑いをすべて打ち明けようと密かに用意を始めたのは女ながらにも立派と言う以外にない。

つづき第23回はここから

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