鉄仮面4
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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第1回
フランス王ルイ十四世は、ナポレオンと同じくらい有名な王様で、外国を攻め、国内を威圧し思うがままに振る舞っていたので、誰一人として、この王を恐れない者はいなかった。中には、非常に恨んで、外国と力を合わせて、この王を捕まいようとしたり、不平を持っている皇族と力を合わせて、王位を取り上げようと計画するなど、目に見えない陰謀が絶えなかったが、ただ幸いに、時の警視総監ルーボアと言う人が有能で、意志の強い人だったので、多くの秘密探偵(スパイ)を使い、片っ端から容赦もなく人を捕まえたので、ほとんどは事件にならなかった。
この頃、このような不平を持っている人が集まって謀反を起こす根城にしていたのは、たいてい隣国のベルギーの首都ブリュッセルで、ここは、パリへ攻め入るのにも、逃げ帰るのにも余り難しくなく、色々なことに便利な所だった。
時は今から三百年の昔、1672年2月9日、雪の降る夕方だった。ブリュッセルの町の入り口(パリから)に在る居酒屋の庭に腰をかけ、寒さしのぎに、ワインに湯気の出る肉の煮物のできたてを食べながら、雑談している多くの客があった。これに愛想良く給仕をして、忙しそうに椅子の間を縫い歩くこの家の主人が、時々様子ありげに薄暗い隅の方に目を注ぐので、どうしたのかと見て見ると、居酒屋には似つかわしくない、騎士風の二人の客が、戦国の時代のことなので、腰に剣ををさして、何かひそひそと話し合っていた。
そのうちの一人は年の頃二十七,八だと思われるが、背は高く、痩せ形で、顔は雨風に荒れ、顔色は良くないが、まゆは濃く、目は澄んでいて鼻が高く、口元は締まっていて、黒い八の字ひげに包まれて、いわゆる威厳があっても嫌らしくない風貌の人だった。
もう一人は、これよりも年下で二十才にもならないような美少年で、色は窓に積もる雪よりも白く、かえって青みを帯び、ふさふさな髪の毛は帽子にも包みきれず、額の辺にはみ出して絵にも描けないような、きれいな生え際を形作り、目には無限の可愛らしさがあるが、どことなく悲しげな顔つきをしているのは、持って生まれた性質なのか、それとも気にかかる事があって心が沈むのか、どちらにしても、この悲しそうな顔つきは、その美しい容貌を乱すどころか、かえって可憐に見えるほどだった。
主人が時々盗み見るのは、この美しさが気になるためだったのだ。もし、この主人が彼の優しい指先や、靴の細さに気が付けば、彼は美少年ではなく、実は男装の美人であることを見破るのは、そう難しい事では無かったのだ。美人は時々悲しそうな顔をして、何か心配そうに男の顔を見やるが、男はほかに気にかかる事でもあるのか、美人の愛には気も止めず、戸口の方を見ていて、「ああ、まだ来ない」とつぶやいているのは、何かの便りを待っているものと思われる。
「モーリス、何をそんなに待っているの。」モーリスと呼ばれた連れの騎士は、少しじれったそうに「何をって、郵便馬車を待っているのさ。今度の馬車でオランダ新聞が着くはずだから」、「アアそうでした。オランダ新聞に」と言いかけてうなずくと、モーリスは素っ気ない口調で「バンダ」「はい」「そなたはこの頃、何でそんなにぼんやりして、物事を忘れるのだ。」と叱りつけると、バンダ嬢は恨めしそうに
「今まで、人には言えないほど貴方のために尽くしたのに。父母を忘れ、家を忘れ、こんな姿までして」と涙を浮かべて自分の姿を見回すと、モーリスも断腸の思いにかられて、早くも声を和らげて、「アア、これも時節だ。仕方がないと許してくれ。今に見ろ、オランダの新聞が着いて、それに味方の合図の文字が載っていれば」と、思わず調子を高くしてしまったのに気が付き、又ささやきの低い声にして、「ナニ、こうして待っている内に俺の命が定まるのだ。生きるか死ぬかが。」
「私の命もです。この危ない大仕事が失敗して、貴方が殺される事になれば、私も一緒です。」モーリスは可愛がるようにバンダ嬢の手をとり、「全くその通りだ。」「では、どうしても、やめる気は無いのですか。 今の内に思いとどまって、二人で故郷に帰って行けば、何不自由なく、伯爵よ、伯爵夫人よと人にかしずかれて暮らせるのに。」「又そのような愚痴を言う。」「だって、わずかな仲間で、このような事をするかと思えば、失敗するのに決まっていますもの。本当に私は心配で。」
「なあに、仲間はわずかでも、我々がいよいよ旗をあげたと聞けば、隣国は皆、兵を起こすと言う約束になっている。今のところはわずかでも後から続く者は十分だ。今更どうして止められるものか。敵と目指すルイ王への仇討ちだもの。
伯爵という素性の正しき一騎士が、許嫁の女から手紙を受け取ったからと言うことで、兵隊から追い出されて色々辱められた。俺は今までの苦痛を考えると、ルイ王の喉の肉を食いとっても、腹の虫は収まらない。王だけでなく、その下に使われているルーボアまでが、俺の行く先々までスパイを差し向けて。」
「エエ、今に見ろ、オランダ新聞の第3段目に、「ローマ」という三文字があったら、いよいよフランスに乗り込めという、大将からの命令だから、同士十五人を引き連れて、そなたと友に、この地を発ち、ルイ王と悪臣ルーボアに、この伯爵アルモイス・モーリスの恨みが、どのようなものか思い知らせてやるわい。今夜が実にヨーロッパ全州の形勢を、一変する大きな一歩だ。」と両手を握りしめて、武者震いに身を震わせながら、再び戸口を眺めると、今度こそは、本当に郵便馬車が戸口で荷を降ろし、その中から一枚の新聞を取り出して、この家の主人がこちらに持って来るところだった。
モーリスは長い間待ち望んでいた大願が、実行出来る日が来たと目を輝かせたが、この時外から入ってきた大男が、1.5mもありそうな長い剣を腰に差したまま、無遠慮に店の主人を引き留め、「アア、オランダの新聞か、ドレドレ面白い事でも書いてあるか」と言って、主人が拒む間もなくひったくり、「これだ、これだ、ゆっくり読んで楽しもう。」と言いながら、傍若無人にその辺の椅子に腰を下ろして、辺り構わず軍服の雪を払いながら読み始めた。
第1回終わり
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