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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面52

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第四十三回

 コフスキーは「お待ちなさい。」とバンダを引き留め更にその耳にささやくには「事によると、今夜このあたりで鉄仮面の正体が分かるかも知れません。」異様な言葉にバンダは怪しみ「それはまあ、どうして分かるの」「実は、玄関で待っている間に私は辺りの様子に気を付けて、この大庭から牢の門などを見張って来ましたが、今夜はオリンプ夫人もこの辺に潜んでいます。」

 バンダは益々驚いて「えっ、オリンプ夫人が」「はい、夫人は鉄仮面がこの大牢に移されてから、何度かここに来て、ある時は門番を脅したり、ある時は小使いに賄賂をやったりして、いろいろなことをして、よほど情報をつかんだ様ですが、今夜もまたここに来ています。」

 「でもオリンプ夫人は鉄仮面がオービリヤだと思いつめて、助けるつもりでいますから、私はなんとなく面白くないと思っています。先日も言った通り、もう夫人とは力を合わせることは出来ません」「なに、その様なことは有りません。心の中はともかくとして、鉄仮面を助けたいと言う気持ちは同じですから、鉄仮面がオービリヤかモーリス様か争う必要は有りません。それに夫人だって鉄仮面をオービリヤだと、思い詰めているわけではありません。そのためその正体突き止めに掛かっているのです。今夜来たのもそのために違いありません。

 実は夫人が門番と話をしている所に、外から足音がして夫人はすぐに立ち去りましたが、その足音と言うのがあのルーボアだったのです。私の考えでは夫人は今晩、ルーボアがここに来ることを聞き出し、何処(どこ)かこの辺で彼に会い、鉄仮面の正体を聞くつもりで来たのです。それだから、門番にルーボアがもう来たかどうか聞いていました。」

 「それから夫人は何処へ行きました?」「ルーボアの帰りを待ち受けるため、こことルーボアの馬車の間の物陰に潜んでいるでしょう。ルーボアが馬車に乗り込んでしまったらどうしようもないから、必ず馬車に乗る前に引き留めるだろうと思われます。夫人は物に凝ると気違いの様になりますから、それくらいの事はし兼ねません。ですから、私と貴方は何処かこの辺に隠れていて、夫人がルーボアに何を問うか、またルーボアが何と返事をするか、それを聞こうではありませんか。」

 バンダはルーボアに会うのが嫌で、逃げるように所長の家を出てきたので、まだその心が落ち着かなくて、どうするか決めかねて返事をせずにいると、コフスキーはさらに説きふせて、「いや、夫人の隠れているところも大体私には分かっております。それにもしルーボアが我々の隠れていることに気がついた様子なら、すぐに私が飛び出し、彼を刺し殺して今夜の内に何処かに逃げます。その用意はこれをご覧なさい。」と言い、前から隠し持っていた短剣を取り出して抜いて見せると、闇にもきらめく切っ先はゾッと肌に鳥肌が立つ思いだった。

 バンダは小声でただ一言「いいわ」と言うと、コフスキーはすぐバンダの手を引いて物陰に隠れたが、それとほとんど同時に、早くもあのルーボアは第二塔の見回りを終え、所長と一緒に出て来て、足早に所長の家に入ったが、それは早く美人の顔が見たかったからだろうか。

 これからほんの七、八分後にルーボアは美人が逃げ去ったのを知って、怒ったものか、荒々しく所長の家から出て来て、後ろから詫びながらついて来る所長を叱って帰らせ、一人で馬車の方へずかずかと歩いて行くのを、バンダとコフスキーが息を殺して伺っていると、果たせるかな、彼が早や、馬車から十メートルと言うところに来たとき、傍らから、突然現れ彼の前に立ちふさがる人影があった。

 闇に透かしてもはっきりとは分からなかったが、髪まで振り乱した女の姿は、大胆なオリンプ夫人に間違い無かった。ルーボアは意外な出来ごとに二足ほど後ろに下がりながら「誰だ、誰だ。」と叱りながら聞くと、「誰でも有りません。先日から何度も貴方の家を訪問して、その度に面会を断わられたオリンプ夫人です。さあ、こうして顔を会わせたからには、私の問いに返事をしないわけには行かないでしょう」ルーボアは驚く声を嘲(あざけ)りの調子に変え「ほほー、夫人、国王ルイの宰相とも言われる者が、このような所で話が出来ましょうか。」

 夫人はなおも声荒く「なぜこの様なところでは話が出来ないと、お言いなさるのか。貴方は十年前に国王ルイの小僧同様に仕えていたのを忘れたのか。貴方はパン焼きの息子でしょう。貴方の祖父リテイリエイはパンを担いで売り歩き、その金で暮しを立てていたのでしょう。パン焼きの息子が少しの事で宮廷の書記に取り立てられ、その子の貴方がルイのお供で、そうさ、ルイが夜な夜な私の別荘に忍び来る時、貴方は二時間も三時間も冷たい玄関に待たされていたことを忘れましたか。

 私が余り可愛そうだと思い、少しの祝儀を包んでやると、なに、この様なことはいつもの事だから少しも辛いとは思わないと言い、辺りを見回して押し戴いて、そっとポケットに入れたことをお忘れか。あの吹きさらしの玄関で素足で冬の夜に立つていた事を思えば、いまここで立ち話をする位はそんなに辛くはありますまい。

 今でこそルーボア侯爵と言われても、十年前は従者ミッチェルではありませんか」と留めどもなく罵(ののし)られ、もはや拒むだけ我が恥をさらすだけと思ったのか、彼は非常に不機嫌な言葉で「夫人、貴方の用事は何ですか。」 「聞かなくても分かっているでしょう。ヒリップを救いだし、私の手に返して下さい。」と命じるように言い出した。

つづき第44回はここから

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