巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面53

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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           第四十四回

 
 ヒリップを救い出せとの、オリンプ夫人の鋭い言葉をルーボアは聞き流して「え、それは誰の事ですか。」夫人はますます怒り狂って「誰の事かって、それを貴方は知りませんか。とぼけるにもほどがあります。貴方が彼をだましたでは有りませんか。貴方の手先が貴方の言いつけに従って、彼をあの様な目に合わせました。実際の事を言えば、貴方から褒美(ほうび)をやるのが当然なのに、それを牢に投げ込んでーーー」

 「えっ貴方は何をおっしいます。」「私が知らないと思っていますか。宮廷から跳ね除けられたこのオリンプに、国家の秘密は分からないとお思いかも知れませんが、オリンプは宮廷にいる人よりも、よく秘密を知っています。はい、何もかも知っています。貴方が彼を牢に入れたばかりか、昔から聞いた事もない恐ろしい鉄の仮面をかぶせ、誰にもその顔を見せないようにして有ることまで、私は皆知っています。さあ、貴方はあの鉄仮面を放してくれますか。くれませんか。」と詰めよると、

 ルーボアは鉄仮面の一語を聞き、身震いするほどに驚いたが、それはどうしてこのような重大な秘密が洩(も)れたのかを疑ったためだった。しかし、夫人の剣幕はもはや、言いつくろっても、納得させられそうもなかったので、彼はやむを得ないと思ってか「夫人、少しは言葉を慎みなさい。あの囚人は国王の大敵です。貴方があの一味と交わり、いろいろ暗躍をした事も私は知っていますが、ただ貴方の身分を思い誰にも言わずにいるのです。」

 「王族の端につながる身で国賊らと謀り事を通じ、国王を恨むなどと言うことが、貴方のご自分の口から洩れては取り返しがつきますまい。国王の耳にでも入れば、そのままでは済みませんぞ。」と厳かに戒めるのは、さすがに彼も宰相の値打が有ると言える。

 オリンプ夫人は少しもひるまず、「済もうが済むまいが、その様なことは構いません。はい、私は国賊です。以前は国王の未婚の妻、今は国王の仇敵です。さあ、貴方は国王に召し使われる宰相の役目として、私の様な明白な国賊をこのまま許しておく訳には行かないでしょう。許して置くのは怠慢(たいまん)です。早く部下の兵士を呼んで来て私を捕らえさせ、彼と一緒にバスチューユに入れて下さい。そうすれば彼にも会いますから。さあさあ、それがかえって私の望みです。」

 ルーボアは斜めにあの第二塔の方に振り向き「いや、あの塔に捕らわれているあの男は、あの塔で生涯を送るのです。貴方だけでなく誰にも顔を見せずにこの世を終わります。」ああ、これは何という、意地悪な言葉だろう。前から鉄仮面が一生涯、許されないはずだと聞いてはいたが、死ぬまでその顔を出させないと言う、死ぬよりも一層辛い刑罰を加えて置きながら、声さえも震わさずにそのことを言い切るとは、彼は本当に鬼の心を持っているのではないか。

 オリンプ夫人は半分泣き声で「それは本当にあんまりです。非道過ぎます。彼が何の罪を犯しました。昔から例もないほどの、罰を受けるような悪いことを何時しました。彼はこのまま放してやっても、少しも世の害にはなりません。」「いや、夫人、その様に私を恨むのは筋違いです。彼も他の一味と同じように殺してしまうところをまだ殺さずに、命だけを与えているのは、私の恩と言うものです。貴方は私に礼を言っても良いくらいです。」

 「なに、その様なことが恩でしょうか。一味と同じく殺すと言っても、彼には一人の同士もいません。なるほど、彼は決死隊の中に入りましたが、それはただ一ヶ月か二ヶ月ばかりの事、その前には決死隊の名前も聞いたことが無いほどです。それが貴方のため、国王のために使われて、あの憎らしいナアローの弁舌に乗せられて、決死隊に入ったのです。国事探偵も同様に入ったのです。それが、なぜ鉄仮面をかぶせられるほどの罪になります。」

 この問いを聞き、ルーボアは初めて何か意外なことを事を聞いたように驚き、「おや、なんと」言い掛けたが更にあざ笑うような声に替わり「ほほー、貴方が救いたいとおっしゃるのは、して見ると、貴方に使われ宮廷に出入りしていた、あの生白いヒリップとか言う男の事ですか。」「そうですとも、彼で無ければ何で私がこの様に救いたいと言いますか」「ははあー、そうですか、それでは夫人、そうご心配は無用です。彼ならとっくに死んでしまいました」

 「ええっ、何とおっしゃる。ヒリップが死にましたか。えっ、あのヒリップが殺されましたか。嘘です、嘘です。貴方は私をだますのですか。死んだのはもう一人の男です。」「いや、夫人これから先は職務上の秘密、もう一言も返事は出来ません。問答は無用ですから、どれ、ご免をこうむります。」と言い、早や馬車の方をさして立ち去ろうとする様子に、夫人は何とも言いようが無いほど絶望し非常にかなしげに叫びながら、「ではこの上にただ一つの私の願いをかなえて下さい。無理な事は言いません、ただ一つです、どうか私に鉄仮面の姿だけでも見せて下さい。顔は見なくても姿を見ればもうそれで満足します」

 「いや、国王の厳命です。誰にも彼の姿を見せる事は出来ません。彼を見るのはただ私だけです。」「でも有りましょうがそう言わずに、これ、もし貴方、その代わりに決死隊の企(たくら)みに付いては何もかも私が知っていますから、その秘密を残らず貴方に話しましょう。どうか、ただ一分間、私を牢の中に連れて行き、隙間(すきま)から彼の姿を見させて下さい。」

 「なに、決死隊の秘密は貴方から聞くには及びません。秘密は残らず手箱の中に納めてありますから、誰にも聞かなくても分かります。貴方はただ自分の名前が連判状の中に無いように祈りなさい。」と嘲(あざけ)るように一言捨て置いて彼は容赦なく夫人を跳(は)ね除けそのまま馬車に飛び乗り、矢のように走しらせ立ち去った。後にはただ絶望の夫人のうめき声を聞くだけだった。

つづき第45回はここから

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