鉄仮面6
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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2009.7.3
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第二回
待ちに待っていた大事な新聞を横取りする、ふとどき者は何者だと、モ-リスは怒り顔でその者の様子を見ると、肩の幅が1mもありそうな頑丈な荒武者で、色は浅黒く、唇厚く、頬から顎にかけて、もじゃもじゃの虎ひげをはやした、一癖も二癖もありそうな面だましいの、ただ者とは思えない者だった。その上、その友達と言うべきか、一目見ても小才のありそうな背の低い一人の紳士が、彼と一緒に腰を下ろしていた。
これだけを見ただけでは、ただ強そうな相手と言うだけで、何者か分からないので、モーリスはわざと知らない顔をして、先ず主人を呼び、「これ、亭主、前に頼んで置いたオランダ新聞はどうした。早くここへ持ってこい。」と催促すると、主人は当惑して頭をかきかき、モーリスとあの荒武者の顔を七分三分に眺めながら、
「ヘイ、その新聞はただ今貴方にあげるつもりで、ヘイ、ここまで持って来たのですが、ツイー今しがた・・・。」「ここまで持ってきて、ツイどうしたのだ。」「ヘイ、この旦那がヨ、ヨ、横取りしてしまいました。」答えながらも騎士同士のことなので、必ず喧嘩になると見て、巻き添えを食ってはかなわないと思うらしく、ソロソロと後ろへ引き下がった。
荒武者は、亭主の言葉が十分耳に入ったはずなのに、振り向きもせず、我が物顔で新聞を読み続けているので、モーリスは「己れ」と目に角を立てたが、まだ、堪忍袋の緒を締めて騎士に向かい、「失礼ですが、この者の言う通り本当に貴方が取りましたか。」と丁寧に問いかけると、彼は、ノッソリとこちらを向き、横柄にモーリスの顔を見て、二、三度肩を上げ下げして、何か答えるのかと思えば、何も答えず又新聞を読み始めた。
モーリスは怒りに顔を青くして「オオ、これは実にけしからん。貴方は作法を知りませんか、騎士の作法を。このように問いかけているのに一言の返事もしないとは。」
その騎士は馬鹿にする口調で、「気が向けば返事もするが、気が向かなければ黙っているのさ。イイ、小うるさい奴め。」「気に向くも向かぬも無い、貴方はその新聞を横取りしたではありませんか」「そのような事は、聞くまでもなく分かっておる。横取りをしたからこそこの通り読んでいるのだ。アア、今日はよっぽど面白いことが書いてある。文字を読むのはちょっと苦手な俺だが、最後まで読まなければ気が済まぬ。」と、どうしても無礼な態度を止めないので、
もう、我慢するのもこれまでと剣に手をかけて、アワヤ飛びかかろうと足を踏ん張ると、背後から、バンダ嬢が手をかけ、泣かんばかりに「貴方、やめて」と止めるので、この声にモーリスはたちまち我に返り、我が身の立場を考えてみると、このような小事に腹を立てて、大事な事を失敗すべきではないと思った。
今ここで喧嘩をしたら、この国の警察に捕まえられて、どんな事になるか分かったものではない。特にフランスの憎むべき警視総監ルーボアは至る所にスパイを放ち、私の身を捜させている折から、どうしてこんな非常織者を相手にして、身の危険を招く事ができようか。我慢できるだけは我慢しようと、ようやく心を静めて、一層丁寧に、
「イヤ、まだ貴方は、この新聞を、私がわざわざ郵便で取り寄せたことを、ご存じではないのでしょう。実はもう一時間も前から、この新聞が見たくてここで待っていたのです。」
「そんなこと、俺が知るかえ。待っていた新聞だろうが、待っていない新聞だろうが、面白ければ取って読むのが、俺の癖だ。」モーリスは血の出るほど唇をかみしめて、怒る目を無礼者の顔に向けていたが、又我慢して、
「イイ、そうでもありましょうが少しの間、ちょっとお貸しくだされば、お返しします。コレ、モシ、お願いです。」と人に向かって、合わせたこともない手を合わせ、下げたこともない頭を下げたその心は、どんなに苦しかったことだろう。
「オオ、お願いか。そっちがそう丁寧にお願いと来るなら、こっちは丁寧にお断り申すだけのことだ。」「でもありましょうが、読んでしまった後ではどうか私にお渡しを。」「しつこい奴だなあ、読んでしまった後のことが、今からどうして分かるものか。元の通り畳んで、このポケットに入れて宿で又読み直すために、持って帰えらにゃならないかもしれない。」と、どこまで人を馬鹿にするか底が知れない態度に、今度はさすがにモーリスも耐えかね、バンダ嬢を払いのけ、目の色を変えてつかつかと歩み寄った。
この剣幕を見て一同の客たちは、サア、、騎士同士の喧嘩だぞと、皆椅子から立ち上がり、降る雪もかまわずに戸の外に逃げ出した。給仕をしていた亭主までも恐ろしがって穴蔵に逃げ込んだ。ただバンダ嬢だけは、いても立ってもいられない様子で、モーリスの後ろでうろうろして、二人の、罵(ののし)り合いを聞いていた。
「言わせておけば無礼にもほどがある。サア、最後の返事をただ一言聞きましょう。その新聞を渡しますか。渡さないか。」と厳しくつめ寄ると、荒武者は返事もせずに側のあの背の低い紳士に向かって「ナア、同僚、こんな田舎に、新聞など見たいという生意気な奴が居るとは不思議じゃないか。」
同僚と声をかけられた例の紳士はおかしいとも、恐ろしいとも分からない笑い声で「イヤサ、この方は、又、是非ともこの新聞を見たいという訳があるのだから、元がこの方の新聞なのだから、返せと言うのは無理もないのさ。」
一度こうと決めたら一歩も譲らず、一刻も待てないのがモーリスの気質なので、こういう悠長な会話はやっている暇はないと、むんずと荒武者の衿つかみ、「サア、お立ちなさい。」と言いながら力任せに立たせ、
「騎士がこの通り作法を尽くしているのに、腰をかけたままで居るとは無礼です。」さすがの荒武者も、これには引っ張られて立ちあがったが、彼も用心には怠り無く、手早くモーリスの手をふりほどき、一歩下がって身を構えた様子では、このような場合の駆け引きに十分慣れているのがわかった。
彼は怒れるモーリスの顔を見て「ホホー、こいつはよっぽど面白い。俺の剣の切れ味を見たいと言うのか。その望みなら、かなえてやろう。コーレ、田舎者、後悔するな。この剣の名も知るまいが、フランベルジーンと聞いて世界の武人が縮込むのはこの剣だ。先日もドイツ士官の首をはねて、その血を研ぎ落としたばかりだから、この剣に血を塗るのはお前の名誉だ。」とののしりながら、悠々とあの新聞を折り畳み、自分のポケットにしまい込んだ。
アア、もし、アルモイス・モーリスが心を落ちつけ、フランベルジーンの名を聞いていれば、この持ち主が誰なのかは噂などで広く知られていた事なので、すぐ気が付いて、悪い相手に出くわしたものよと、後悔するところだが、彼は血眼になっている時だったので、その名もろくに耳に入らなかったのは、仕方がなかったとしか言いようがない。
第2回終わり