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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面61

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十二回           

 鉄仮面が突然水底に沈んだのには訳があった。この堀のまん中に一段と深い所があって、その深さは4・5メートル、幅は6メートルほど有り、日照りの時でもこの所だけは大川から通じる水が流れているが、今は堀一杯の水がある時なのでなおさら深さ6メートル以上になっており、彼はそれを知らずにこの深みに落ちてしまったのだ。
 
 それにしても彼がなかなか浮き上がらないのは、彼は泳げないからなのだろうか。それとも長く水門の所で体を水につけていたので、体が凍え、泳げなくなってしまったからなのだろうか。時は九月の末で、昼間はまだいくらか残暑も有るが、夜は夜風が身にしみる頃なので、凍えないとも限らない。コフスキーよりもバンダはもっと驚き「あれ、溺れたよ。溺れたに違いない。コフスキー、早く助けてあげて。」と声を立てると危険なのも忘れて、叫んでしまったのは、もう鉄仮面が夫モーリスに違いないと思い込んでいるからに違いない。

 たとえ、モーリスでなくてもこのままにして置いては、彼は大川まで流され、その死体さえも上がらなくなり、鉄仮面の秘密はついに、誰にも知られないまま終わることも考えられる。どうしても救くわなくてはならないが、とは言っても、夜もやがて明け始める頃なので、水中に飛び込んで彼と一緒に藻がいていては、番兵に見つかってしまうのは明らかだ。番兵の鉄砲ただ一発で何もかも水の泡になってしまう。

 どうしたら良いだろうと、コフスキーが色々考えていると、鉄の頭は又水の上に出てきた。出て来たのはちょっとの間で、彼は溺れている人のように水をたたいて、又沈みその後は影も形もなかった。水は満々と広がり、風はひゅうひゅうともの寂しく吹き渡る堀の上、千年の大秘密を隠したままで終わるのだろうか。

 コフスキーは今は一時も猶予出来ないと思い、ひそかに土手をはいおり、先ほど鉄の首が現れた、その少し下流を目指して泳いで行き、魚を取る鵜の様に水に潜って、深いところを隈なく捜したが、一度目は捜し当てられずに、息が続かなくなってしまって浮かび上がり、十分に息を吸って又潜って行き、捜しに捜したが、又息が切れそうになったとき、かえって鉄仮面に探り当てられ、固く足をつかまれた。

 さては、かの鉄仮面、溺れる苦しさに我が足にしがみついてきたのか、しがみつかれたまま浮き上がって、早く息を継ごうと藻がいたが、石のように重く、特に足に絡みつかれては、泳ぐに泳がれず、振り払って、彼の首筋か胴の辺りを、つかみ直そうと思ったが、死にもの狂いの彼の力はなかなか強くて、振りほどこうとしても、ほどけず、わずか二メートル位は、彼を引き上げてきたが、まだ水面までは届かなかった。再び彼に引っぱられ、沈められそうになったので、このままでは彼と一緒に溺れる他はないので、必死になって、片方の足で、彼の体の所を構わず、蹴って蹴って蹴りまくると、固い靴の底は、鉄の仮面の頭に触れ、カンカンと、水中で音がしているのではないかと思われた。

 しかし、その効果がようやく現れたのか、掴まれていた足が放されたので、生き返った思いで水面に浮かび上がり、忙しくホッと息をつき、三度目の潜りをしようかとする目先に、ちょうど都合の良いことに、彼の体が自分から浮かび上がってきた。これこそ天の助けとばかりに、すぐにその胴を掴み、やっとの思いで、あの土手の斜面に引き上げたが、見れば彼はすでに意識を失って、ほとんど死体も同然だった。

 耳の辺りと思われる所に口を寄せ、「モーリス様、モーリス様」と、小声で呼掛けながらゆすぶったが、何の返事もなかった。バンダもこの様子を見て、「モーリスさんだったかい。」と言いながら水際に下りてきたが、まだモーリスなのか、オービリヤなのかは、仮面の上からは、見分けがつかなかった。バンダはバイシンとの約束も忘れ、「これ、コフスキー、このまま住まいまで背負って行って、仮面を外し介抱すれば助かるでしょう。さ、早く、早く背負って」と、ほとんど半狂乱になり、席立てるのも無理はなかった。

 「いや、お待ちなさい、ここで仮面だけは外しましょう。」と言い、自分の着物を絞りもせずに、土手の陰に脱いで置いた、上着のポケットから、前から準備して置いた小道具を取り出し、先ず仮面の前後を調べると、後ろの所に蝶つがえのような、合わせ目があり、左の米かみの所で、端と端を隙間もなく食合せて、しっくりと重なっていた。そこに二個の高い点があり、点の中に鍵穴かと思われる、小さい穴があった。ここに合鍵やピンセットを差し込んで、ある限りの技術を使って、外そうとしていると、まだ仮面が外れない内に、鉄仮面は正気に戻り、異様ななうめき声を出した。

 コフスキーは、これにも構わず、更に鍵穴をつつき回していたが、バンダは気が気でなく、夫モーリスを揺するように、肩の辺に手を当てて「貴方、貴方」と呼ぶのさえ、忍び声だった。そんな事をしている内に、十分も過ぎたろうか、コフスキーは「しめた。」と一声つぶやいた。

 どうしたのか、仮面は前後に開いた。明け方とは言え、まだ空は暗く、顔を見るには不便だったので、すぐにさっきの暗どんをを持ってきて、その戸を鉄仮面の顔に向け、番兵の方には光が洩れないように、コフスキーが自ら陰になり、振るえる手を強いて落ちつかせ、開いた仮面をゆっくりと外し、パッと暗どんの戸を開くと、

 くっきりと照らし出したのは、いったい誰の顔だったのか、読者よ、推察して見て欲しい。

つづきはここから

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