鉄仮面64
鉄仮面
ボアゴベ 著 黒岩涙香 翻案 トシ 口語訳
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2009.7.27
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第五十五回
アイスネーの言うことは、前にコフスキーから聞いた軍曹投げ込みの話と一致するので、少しも疑うところがなかった。特にその後の細かいところはいま、初めて聞く事なので、バイシンは感心して耳を傾けていたので、アイスネーはこの様子に力を得て、言葉を続けた「その浮かんで来た軍曹、水の中で藻がきながらしきりに、助けを求めて、私を呼ぶのです。
こやつを生かせては面倒だと思ったので、よし助けてやる、これに取り付けと言って、私は岸の石を取り外して、そ奴をめがけて投げ込むと、狙いが外れずそ奴の脳天を砕きました。今度こそ大丈夫、二度と生き返る気遣いは無く、堀の水が血の色に成りましたが、あいにく守備隊の物見の兵がそこにやって来ました。逃げるにも逃げられず、しばらく争っていましたが中から大勢繰り出し、とうとう私を捕まえました。それから守備隊の中に引き込まれ、何でも守備隊長と思われる士官に厳しく調べを受けましたが、私は一言も言いませんでした。
言いさいしなければ、そのうち許されるかと思っていると、堀からは頭の砕けた死骸が上がるし、それに、夜になるとあのナアローが守備隊に来たのです。きゃつに会っては一言も有りません。きゃつは、大方、私の心を見抜いてしまい、お前はオリンプ夫人に心を寄せ、夫人の元に、逃げて行って政府の秘密を漏(も)らしてしまっただろうとか、今度もオリンプ夫人の供をして、決死隊を救うつもりで魔が淵まで来ただろうとか言いました。
言い訳するだけ無駄なのでどうでも勝手にしろと言いますと、彼は決死隊の一人が生き残って、軍曹を投げ込んだ事は知らず、最初に堀に突き落としたのも私だと思っていたので、私も、どうせ、今更決死隊の者が生き残っていて、漁師に成りすましてつき落としたのだと言っても、自分の罪が軽くなるわけでもないので、そうだそうだと言ってうなずいていました。
それから彼は昨晩、この守備隊の風窓を潜(くぐ)ってこの中に忍び込み、床板を外して物置に忍び込み秘密を聞いた者がいるが、これもお前だろうと言うので、さてはあの漁師がそのようなすばしこいことをしたのかと思いましたが、それも何も申し開きをせず、自分でその罪を着ると、彼は少し考えて、いやいや、お前にあの様なことは出来ない、誰か決死隊の者が生き残っているのだろうと、又厳しく聞き始めました。
聞かれても、もちろん名前も知りませんから、そんなことはないと言い張りましたが、彼はいよいよ機嫌を悪くして、その後、何どもその事を聞いてきましたが、私の答えはいつも同じです。決死隊の者が生き残っているかどうかは知らないと言い、満足な返事をしなかったので、とうとう腹を立て、それでルーボアに直接調べさせると言って、私をバスチューユに送ったのです。「それは何時の事ですか。「今から二月前です。」
「それまでペロームの砦に居たのですか。」「はい、守備隊の牢に捕らわれていたのです。」「鉄仮面をかぶせられて?」「いいえ、私が鉄仮面をかぶせられたのはつい最近です。」「それはどういう訳で?」「こうです。バスチューユに送られると第二塔に入れられましたが、すぐにルーボアから調べられると思っていたら、ルーボアは他の囚人を調べるのが忙しいとかで、私は一度も調べられません。もっとも今夜はルーボアが来るからと所長に言われ待っていた事はありましたが、その度にルーボアは私の部屋の前を通り過ぎ、同じ第二塔に居る他の囚人の所に行き、その囚人を調べるのに夜が遅くなり帰るのです。」
バイシンは心の中でその囚人が本当の鉄仮面だろうと思ったが、その事は口に出さず、更に無言で彼の話を聞いていると「そうすると、この頃になって、初めてルーボアが来て、私に決死隊に加わっただろうと言い、又決死隊の中で生き残った者が居ないかと、ナアローの質問と同じ事を聞きましたが、私はやはりナアローに答えただけのことしか答えません。すると彼は大いに怒って、翌朝所長が鉄仮面を持ってきて私にかぶせました。それからは私の取扱がずっと厳しくなりました。
私は余りに忌々しいので、声を立て、うめき声を出し又ルーボアの来る度に彼を怒らせるため、番人にまで聞こえるように、おれはオリンプ夫人を初め王族の端につながる人々と親しくしているのに、こんな取り扱いを受けるのは、余りにひどいなどと叫びました。」さてはあの牢番が鉄仮面が時々オリンプ夫人の名前を呼んでうめいていると言ったのはこのアイスネーの事だったのかとバイシンはようやく納得したので「なるほど、そうすると全く牢番が貴方ともう一人の鉄仮面とを間違えたのです。」
「あるいはそうかも知れませんが、私は自分で間違いと知るはずは有りません。説教を聞きに行く途中で、番人が私の耳に口を寄せ、オリンプ夫人からこれをよこしたと言いましたから、私はもう自分が救われることと思い、喜んで出て来たのです。」「分かりました。それで貴方は自分の他にまだ一人鉄仮面が居るのを知りませんか。」「いや、知っていました。と言うのは、私が鉄仮面をかぶせられる時、どうしても拒みますと、ベスモー所長が諭すように、仮面をかぶせられるのはお前だけではない。この同じ部屋続きに半年も前から仮面をかぶせられ、仮面のままでこの牢に入れられた者がいるけれど、その者はお前と違って、さすがに国事犯だけあってため息一つつかないと言いました。」
この時までオリンプ夫人は二人の側に立って無言で控えていたが、この話を聞いて「ああ、そのため息一つつかない、感心な鉄仮面がヒリップだ、ヒリップだ」と叫んだ。バイシンはヒリップにそれほどの勇気、胆力が有るとは思わなかったのか、この言葉を耳にもかけず、さらにアイスネーに向かって「ルーボアが時々調べに行くのはその鉄仮面の部屋では有りませんか?」「そうです。鉄仮面を調べるのです。」「貴方はその鉄仮面を見たことは有りませんか。」「はい、二度見ました。」と言い、更にその様子を説明しようとする、ちょうどその時、バスチューユでは、昨夜の牢破りの事が発見されたと見え、急に早鐘を鳴らし始めた。
つづきはここから
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