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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面66

鉄仮面  

ボアゴベ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.7.27

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              第五十七回

 鉄仮面を救い出す最後の手段だと言ってバイシンが又毒薬の棚を指さしたのは、そもそもどんな考えからなのだろうか。コフスキーは怪しみながら「へへー、毒薬で牢の番人を殺しておいて、それから鉄仮面を助け出すのですか?」「いいえ、大勢の牢番を殺し尽くすことなどできません。」「それでは毒薬をどうするのですか?」「貴方がたはたぶん非常に驚く事と思います。いや、絶対貴方がたは同意しない方法ですから、私はもう話すのはよしましょう。」

 「話さないことには同意するかしないか分かりません。とにかく伺いましょう。毒薬をどうするのですか?」「親しい人を通じて鉄仮面に送るのです。」「えっ、鉄仮面へ、ははあ、鉄仮面がそれで邪魔になる奴を殺して、そうして一人で出て来るのですね。」「そうではありません。鉄仮面が自分で飲むのです。はい、鉄仮面に飲ませるために送るのです。」 

 鉄仮面に毒薬を飲ませるとは何という暴言だろう。バイシンはもしかしたら気でも違ったのではないかとコフスキーも怪しみながら「毒薬を飲ませたら鉄仮面は死にますが、貴方は殺すのを最後の手段とおっしゃるのですか。」「まあ、そうです。驚きましたか?」「ご冗談をおっしゃってはいけません。本当の事を伺いましょう」

 「なに、こんな場合に冗談を言うものですか。よく考えてごらんなさい。バスチューユに入れられた囚人を救い出すことは容易なことでは有りません。それも、以前ならまだしも、すでに一人の鉄仮面を仲間が救い出した矢先ですから、十分に用心をしています。普通のやり方ではうまく行きません。それとも、他のやり方が有るならどの様なことでもして見なさい。私も十分お手伝いしましょう。

 しかし、今となっては他に手段は有りません。残っているのは毒薬の方法だけです。しかし私もこれは非常の場合の方法ですから今すぐとは申しません。ただ他の事をし尽くした後、もうどうしようもないからそれをやる以外に方法が無いと貴方の方から進んで同意するときになって初めてこれを行います。それまでは貴方がたには言わないつもりでいたのです。」

 「でも、鉄仮面を殺してしまっては、仕方が有りません。」「もちろんです。けれども鉄仮面は一生牢の中に置かれるのに決まっています。死なない限りは決してこの世に出されることは有りません。」「それだから今、毒薬を送って殺してしまうとおっしゃるのですか?」「そうです。このままにして置けば、これから十年かかるか、二十年かかるか分かりません」

 モーリス殿にしろ、オービリヤにしろ、まだ三十にも足らない年です。これから三、四十年は生きるでしょう。三、四十年の後、牢の中で面を被ったまま死に、面を被ったまま埋葬されるのが彼の未来です。それを貴方がたは待ちますか。それこそ三十年も、四十年もかかって彼を殺すと言うもの、私はそれより一思いに彼を殺し、その苦痛を短くしてやろうと思うのです。」

 「だってそれは彼の寿命を奪うというものです。救うのでは有りません。」「でも、殺せば彼は牢から出されます。はい、出されて牢の外に埋葬されます。死骸に成らなければ、決して牢を出ることは出来ません。」とこんな恐ろしいことを平気で話すのを聞いて、コフスキーはただ呆れるばかりで、返す言葉も出なかった。バンダは夫モーリスがこの後なお三十年も四十年も仮面のまま、牢にあり、仮面のまま死ぬのかと思うと、今さらのように悲しくなり、出て来る涙を止めることも出来ず、涙を呑込み忍び泣くばかりだった。

 バイシンは哀れげに二人の姿を見「それだから私は最後の手段は、ただ死骸にして救い出すばかりだと思うのです。死骸にすれば、こちらから救い出すまでもなく、牢番が棺に入れて牢の外に送りだし、共同墓地に埋葬します。」コフスキーはほとんど腹だたしげに「貴方と私どもは考え方が違います。とてもとてもこれ以上一緒に働くことは出来ません。貴方はただ鉄仮面の苦痛を切り縮めてやりたいと言うだけの事。私どもは生かして置いて救いたいと言うのですからまるで反対です。もっとも鉄仮面がモーリス様でも、オービリヤでも貴方にとっては他人ですから、貴方にはそれだけの親切心しか出て来ないでしょう。」

 「他人と言ってもただの他人でしょうか。モーリス殿なら共に大事を打ち明けた者同士です。事が露見(ろけん)したら一緒に殺されなければ成らないと言う危ない道を、手を引き合って歩んで来た無二の親友です。貴方がたがモーリス殿を大事に思うだけ私も救いたいのです。それだからこそこんな危ない事を考え出してまで救おうと言うのです。」「でも殺してしまえばそれまでです。いくら苦痛を短くしてやりたいと言っても、殺してしまっては何の親切でしょう。本当に無二の親友ならどうして毒薬を飲ませることが出来ましょうか。どうして殺してしまうことが出来ましょうか。」

 「殺してしまうと誰が言ったでしょうか。」「貴方が。」「あれ、私は殺してしまうとは言って居ません。」「どっちにしても同じ事です。」「いいえ、大変に違います。一度は殺しても毒薬で殺した者は解毒剤で生き返らせる事が出来ます。彼の死骸が牢から出され共同墓地に埋葬されたなら、その夜私が墓場に忍び込んで、墓をあばきその死骸を堀だして、反対の毒薬を飲ませ彼の命を呼び起こします。」と初めて明かす本当の計画にコフスキーは「あっ」と叫んで納得し、バンダも泣くのをやめた。
    
つづきはここから

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