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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面91

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳  

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                 第八十二回

   
 数回の水責めにバイシンは屈せず、ついに何も白状しないで、焼き殺しの刑を執行されることになった。もちろん水責めの様子は警察の秘密で、誰にも知られないようにしていたから、世間の人はこれは知らないはずだが、何事も隠しても洩れないものはなく、誰が言うともなくバイシンは水責めにも屈せず、かえって宰相ルーボアを罵(ののしる)ったと噂が立ち、人の口から口へ伝わり、翌日には早くもパリ中の話の種となったので、バイシンの名前は国中に鳴り響き、その焼き殺しの死刑は、今までに例が無いほど非常に有名な事件になった。

 死刑を行うのは有名なラ・クレーブの刑場で、物見高いパリのことなので当日は朝から焼き殺しの恐ろしい様子を見ようと、ここに集まった人々は何万人になったか分からないくらいだった。中にはバイシンとはどんな女だろう、顔つきはどんな顔だろう、目付きはどんな目付きか、年頃はどのくらいかなどと興味を持って、わざわざスペイン、イタリヤ、ベルギーなどという遠い国から見に来た人々もいた。そのために刑場の周辺の家々の二階は一週間も前から借り切りとなり、窓一カ所一時間の値段が何万円という高額になったが、それでも借りたいという人が多く益々その値段をせり上げるばかりだった。

 これらの家の中でも、もっとも眺めに好都合なのは刑場の正面にあるビンドノーと言う居酒屋の二階で、その窓から首を出せば刑場の様子が一目で見えるばかりか、被告が台に乗せられて連れてこられる道筋も総て目の前に広がり、初めから終わりまでの様子が、総て残らず見ることが出来るため、既に以前に貴族プリンビラ侯爵夫人が殺された時などは、この窓を借りたいという人が、何人いたか分からないほどだった。

 結局二十五万円でチャンプトース侯爵の手に入ったので、その後はこの窓をあだ名して二十五万円の窓と呼ぶようになった。どんなぜいたくな人も、この値段には嫌気がさして、その後借りようと言う人はいなかった。しかし、居酒屋の主人は貸し急ぎをしないで、私の家の窓は確かに二十五万円の値打が有りますから、その値段を一円も下げませんと声高に言ってお高く止まって、借り手のくるのを待っていたので、さすがに物見高い都の人たちも、安い隣の窓を借り、この窓には見向きもしなかったので、その後六、七回の名高い死刑が有ったが、この窓だけは大いに暇をもてあましていた。

 居酒屋の主人は少し失望しながら人に向かい、「もう世は末になりました。いくら貴族がぜいたくだの何だのと言っても、私の家の窓代も出せる人がおりません。」とため息をもらしていたが、世はまだ主人がため息をつくほど末でも無いらしく、今回のバイシンの死刑には、既に五日前に貸切りという札を掛けていた。いったいそこまでの大金を出し、バイシンの死にぎわをながめようと言う無上の人は誰なのだろう。

 怪しく思って主人に聞いてみると、「なに都の人はこの窓は借りれません。田舎の金持ちです。」と変にもったいぶって答え、詳しくは話さなかった。しかしこの田舎の金持ちのほかに、まだぜいたく家はいると見え、当日の午後二時頃になって、(バイシンの死刑は午後四時と決まっていた。)密集する群衆をかき分けてこの家に入ってきて、どうしてもこの窓を借りたいと言ってきた、二人連れの客がいた。

 主人は怪しんでその身なりを見ると、ただの普通の商人風で、そんなに高い窓代を払うとも見えなかったので、「いや、ご覧の通り約束済みですから」と断わると、客はなかなかあきらめず、「いや、約束済みは分かっているが、見るともう二時になっているのに、まだその客が見えないから、ことによったらその人に差しつかいができて、急に来れなくなったのではないかと思うから、聞いているのだ。

 「いや、その人が来れなくなっても、既に代金は貰っていますから、他に貸すことは出来ません。」「でもその人が来ないことになったら、何も窓を開けて置くこともないでしょう。前金流れになったものと思って、他に貸すのが当然ではないか。」と言いながら更にいろいろと説き伏せられたので、ついに一種の約束を結び、もし、前の借主が来たら直接その人と話し合って、その人と並んで見ることにするか、その人が嫌だと言ったら、すぐにその人に明け渡して立ち去ると言うことにした。

 この客も何者なのだろう。何のためにこの様にこの窓を希望し、バイシンの死ぎわを見たがるのだろう。主人はただ自分の家の窓が気に入ったためだろうと思って、他に怪しみもしなかった。やがて二人の客は主人にいくらかの金を渡し、つかつかと二階に上がり、窓を開いて刑場をながめながら、刑場のまん中に早くもバイシンを縛り付ける鉄の柱が、いかめしく立っている様子から、側に薪(たきぎ)を初め、焼き殺しに使う硫黄のかたまりなどが、積み上げて有るのを、もの寂しく眺め、「ああ、ここならば最高だ。ここで僕が合図をすれば、君とアイスネーが何処にいても、十分合図が見えるだろう。ねえ、アントイン」

 「そうとも、コフスキー、しかし、この窓を借りたと言う相客は誰だろう。もし、その者が合図の邪魔でもすると困るが。」「なあに、その様な心配は要らないでしょう。誰だか知らないが何でも田舎の金持ちだろう。たとえ僕の顔を見知っている者でも、僕はこの通り顔かたちを作り替えているから、誰も僕が決死隊の残党ポーランド人コフスキーとは思わないでしょう。

 それに合図と言っても、ただ帽子を脱ぐだけのことだから、側にどんな人がいても差しつかいは有りません。十分安心していたまえ。」と言う。この話から察すると客はすなわちバンダのしもべコフスキーと、バイシンの夫アントインで、荒武者アイスネー等と相談し、バイシンを刑場から奪いさると言う、大胆不敵な事を計画していることが、読者にも分かるだろう。

つづきはここから

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