巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

鉄仮面99

鉄仮面

ボアゴベ 著  黒岩涙香 訳  トシ 口語訳  

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                 第九十回

    
 バートルメアが立ち去った後、牢番セント・マールスは首を傾(かし)げ「ああ、どうしても怪しいわい、事によるとこの洗濯物の中に、何か通信を書いているな。どれ、部屋に帰ってゆっくり調べてみよう。」こう独り言を言って立ち上がったが、彼の部屋と言うのは同じ守備隊の砦の中に有って、妻子と一緒に寝起きするところなので、ここから余り遠いところではない。

 廊下を三、四回曲がるだけで着いてしまう。彼は決心したのでつかつかと歩いて行き、やがて後ろの庭に面した自分の部屋の戸を開くと、中には彼の妻セント・マールス夫人が、窓の下にある長椅子に座っていて、小声で本を読んでいた。

 彼が入ってきたのを知っても、振り向きもしないのは、余り夫を尊敬しているとは思えない。それもそのはずと言うべきか、この夫人は当時ルーボアの書記を勤めるデフネローと言う人の妻、デフネロー夫人の姉で、セント・マールスより少し身分が高く、その上、妹デフネロー夫人が、目下パリの宮廷でもてはやされ、国王にも近付き、ルーボアにもひいきにされているだけあって、妹の口利きや骨折りでセント・マールスまでいくらか宮廷の受けも好く、少しの失敗は有っても、何の縁故も無い人よりは叱られることも少ないので、そのためセント・マールスに対して、妻の威厳が非常に強く、さすがのセント・マールスも、自分の妻だけは押さえつけられず、ややもすれば自分の方が押さえつけられ、ほとんど妻の言葉には背けなかった。

 そこでセント・マールスは本を読んでいる妻の側に行き、小脇からあの洗濯物を取り出し、椅子の上に掛けようとすると、妻はちらりとそれを見て、「その汚らしい布は何ですか。」と聞く。セント・マールスは妻の機嫌を損ねまいとして声を和らげ、「そう一口に汚らしいと言ってくれるな。事によるとこの中に、お前と俺の出世の元手が、入っているかも知れないのだ。」

 出世と聞いて妻は目を輝かせながら、洗濯物に目を止めて見直したが、初めから囚人の下着できれいなものではないので、すぐに機嫌が悪くなり、「この汚い布切れが出世の元手とは、貴方は何を言っているのですか。貴方の出世はいつも私の妹デフネーロ夫人の世話に依っているでは有りませんか。先年ペロームの砦での決死隊の失敗で、貴方がナアローに叱られた時なども、早速私が妹に手紙を書き、ルーボア様にお詫びを書いて貰ったため、貴方はこの土地に移されながらも、まだ守備隊長で居られるではありませんか。」

 「それは全くその通りだが、この布を調べればこの上に又出世の糸口を見つけるかも知れないのだ。これ、お前、俺はこの土地に来てから余り湿気が強くて目がただれ、今でも完全に治っていないから、お前も知っているとおり、夜、読物などすることを医者から禁じられている。それに見たところで、俺には細かい文字などは分からないから、お前の好い目で詳しくこの布を調べてくれ。多分何か書いて有ると思うのだ。」妻は再び本に向って今は見向きもせず、「そんなことは下女にでも言いつけなさい。」

 セント・マールスは飛び上がって「これこれ、お前は乱暴なことを言う。国家の大秘密を包んでいるこの布を、下女などの手をかけてたまるか。それだからお前に頼むのだ。これ、これ国家の大秘密なのだ。お前が自分で調べて決して恥ずかしい事ではないのだ。かえって名誉な事なのだ。」と大いにたきつけられ、何の事かと怪しむように、

 「どの布ですか。そんな大秘密を包んでいるのは。」「それ、俺がいつもあだ名しているあの白鳥、白鳥というあの鉄仮面の下着とハンケチだよ。これから洗濯に出すのだが、なんだか外と通信しているのが分かるから、ここでよく調べるのだ。」

 「おやおや、囚人の下着ですか。その様な汚いものを貴方はまあ、どうしてここまで持って来たのです。ええ、聞くのも胸が悪くなる。早くあちらにやってしまいなさい。」と話をする暇もないほどだが、セント・マールスはそれでもひるまず、

 「一週間に一度ずつ洗濯をするのだから、それほど汚くはないのだ。たとえ汚いとしても、その汚いのを我慢して調べればこそ、手柄にもなると言うものだ。もしこの下着に通信でも書いて有るのを見つけだし、ルーボア様に上申すれば、俺よりもお前がどれほど誉められるか知れない。

 すでに先日、この牢で死んでしまった囚人が、外に通信する積もりで靴や、靴下の毛糸を抜き、それを並べて組合せ、食べ残したパンを練って上塗りをし、平らな紙のようにしてこれに字を書いて出そうとしたのを、俺が運好く見つけてルーボア様に送ったら、それのために年棒(給料)が上がったではないか。あれは俺一人の手柄、お前はいつも出世、出世と言い、早くパリに呼び返されるようにしたいと言っているが、これくらいの事を嫌っていたのでは、何時呼び返されるか、分かった物ではない。自分で出世の道を閉じると言うものだ。」と必死の雄弁をふるい立てると、出世の道と言う言葉は夫人の威厳にも勝つと見えて、夫人は不承不承にこちらを向き「それでは調べてみましょう。」と言い、あの布を取り上げた。

 ここに至って鉄仮面の運命は、ただこの夫人の手の中にあると言える。夫人が束を解き一つ一つ調べている間も、セント・マールスはもどかしそうにその首を差し延ばして、「どうだ、そのシャツには無いか。もし有って見ろあの白鳥め。更に真っ暗な穴蔵の中にいれ、これから食べ物もずっと減らして、衣類もはぎ取り出来るだけの苦痛を加えてやるぞ。」と我を忘れて独り言を言っている間に、夫人は一通り調べ終わり「何も書いて無いですよ。」

 「なに、何も書いてないだと。そんなことが有るか。どれどれそのハンケチを結び付けているところが怪しい。それを解いて結び目の中まで調べてくれ。」夫人はなおもしぶしぶ結び目を解き、両方のハンケチを裏表とも調べていたが、急に驚きの声を上げ、「おやおや、何か書いてありますよ。」と叫んだ。

 セント・マールスはこの声に気が狂ったようになり「え、え、書いて有るのか。こいつは有難い。どれ、見せろ、俺に見せろ」と目の悪いのも忘れてそのハンケチを妻の手からひったくった。鉄仮面が自分を傷つけてまで行った苦心の計画も、これで全く失敗しようとしている。

つづきはここから

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