aamujyou112
噫無情(ああむじょう) (扶桑堂 発行より)(転載禁止)
ビクトル・ユーゴ― 作 黒岩涙香 翻訳 トシ 口語訳 *
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噫無情 仏国 ユゴー先生作 日本 涙香小史 訳
百十二 無惨
毎晩此の後は、此の庭で二人が逢った。何をするのでも無い。唯だ手を取り合って密々(ひそひそ)と語るのだ。其の間には守安も自分の身の上を語り、小雪も自分の知って居る丈を語った。もう如何しても二人は離れる事は出来ない。別々に生きて居る事も難しかろう。生きて居る気も無いだろう。
一カ月、又二ケ月、一夜でさえも欠かさずに、守安は小雪の家の庭に忍び入った。雨が降っても構わなかった。偶(たま)には戎瓦戎が家に居て、小雪の出られない事も有った。其の様な事が却って二人の相思う心を強くした。
この様にして戎瓦戎の掌の中の珠(たま)は、全く守安の物となって了(しま)った。誠に無残である。知らなければこそ済んで居るが、若し知ったなら何うであろう。
けれど此の様な思い遣りは、若い二人の心には少しも浮かばない。自分達以外の天地に何の様な事が有ろうとも、二人の世界へは其の風が吹いて来ないのだ。
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