巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

aamujyou73

噫無情(ああむじょう)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ビクトル・ユーゴ― 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2017.6.13


下の文字サイズの大をクリックして大きい文字にしてお読みください

文字サイズ:

噫無情    仏国 ユゴー先生作  日本 涙香小史 訳

   七十三  本田守安 二

 何うかすると世間には、自分の子をさほど可愛いく思わない父が有る。けれど孫を可愛がらぬ祖父(じい)さんは決して無い。孫は子よりも可愛いと経験の有る人が皆言うのだ。
 桐野家の老主人は守安の祖父(じい)さんである。守安はその孫である。養子養孫とは言う者の実の娘に出来た子なんだもの、全く血を分けた孫と言う者だ。仮令へ勘当したとは言え、可愛いく無くて何としよう。

 守安の出た後で此の祖父さんは言った。
 「エエ、不埒な奴だ。憎い奴だ。俺の手で育てたのに、拿翁(ナポレオン)党に心を寄せるなどと、拿翁党は革命党では無いか。朝廷の敵では無いか。即ち共和党では無いか。あの様な奴は、餓えて路傍《道端》に野倒れ死にでもするが好いワ。イヤ待てよ、野倒れ死にしては此の家の恥だ。当人は憎いけれど此の家の名前には代えられない。勘当はしても野倒れ死にしない丈の食料は贈って遣らなければ。そうだ一年に五十圓、アア百圓、アア百圓で沢山だ。その代わり幾等頭を下げて詫びて来たとて、此の勘当は未来永劫許さぬぞ。」

 そこで家内中に命令し、
 「決して此の家で守安の噂をしては成らぬ。」
と言い渡した。
 けれど幾月をか経ると、祖父さんは、家内中誰一人、我が前で守安の噂をしないのが、物足りない心地のする様に成った。頭を下げて詫びて来るだろうと思ったのが、詫びても来ない。
 「彼奴(きゃつ)は、何所に何の様な事をして居るのか。」
と時々憎々しげに呟(つぶや)くのは、その便りが聞き度いのだ。

 果ては又言った。
 「本当に呆れた奴だ。詫びに来ようともしない。此の様な不心得な奴を、何して勘当を許すものか。」
 誰も許して呉れとは言わないのに、自分一人で、 
 「許さぬ、許さぬ。」
と気張って居るのは、心の底に、
 「許し度い、許し度い。」
との気が、其の実満ち満ちて居るのだ。

 併し音沙汰が無い。此の間守安は何をして居るのだろう。一年百圓と定めた、野倒れ死にの予防費さえも送り届ける事が出来ない。



次(七十四)へ

a:536 t:2 y:1

powered by Quick Homepage Maker 5.1
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional

巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花