巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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悪党紳士   (明進堂刊より)(転載禁止)

ボアゴベ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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悪党紳士        涙香小史 訳

               第三十六回

 綾部は乞食の後に従い、公園地に入って行って、但有(とあ)る腰掛に腰を掛けると、乞食は綾部の顔を見上げて、
 「旦那は私をご存知の筈ですが。私が何時か伊太利(イタリア)村の公園で、お仙を攫(さら)おうとした時に、旦那が気が付いて、私を蹴倒し、お仙を救って遣ったのを、未だお忘れにやア成りやすめエ。」
と言われて、篤(とく)《じっくり》と其の顔を眺めると、成る程先頃伊太利村で初めてお仙を救った、其の時の曲者に相違無かったので、非常に不審の思いをして、

 「アア爾(そ)う聞けば、見覚えが有る。彼(あ)の時の曲者が。」
 (乞食)ヘイ、斯(こ)う云う勘次で有りやした。
 (綾)其の勘次が又、何故俺に話す事が有ると云うのだ。
 勘次は四辺(あたり)を見回し、人の来ないのを確かめて、声を潜(ひそ)め、
 「旦那の外には私の敵を打って呉れる方が無(ね)エからです。」
 (綾)敵とは誰の事だ。

 (勘)今まで私が遣(つか)われて居た、アノ蘭樽です。聞いてお呉(くん)なせエ。彼奴(きゃつ)は、今まで散々に私を使った揚句(あげく)、此の間の晩、私と弁蔵に言い付けて、お仙嬢を攫(さら)エさせ、私等が手取り足取り担いで行く所へ、横合いから遣(や)って来て、私を死ぬる程殴りやーした。

 ナニ初めの約束は斯(こ)うじゃねエんです。お仙を首尾よく攫(さら)って、利門町の邸(やしき)へ連れて来せエすりゃ、百両の褒美を遣ると言いやした。今考えると其の約束は皆嘘です。私等の攫って行く所を、横合いから打ちのめしゃア、第一お仙には有り難く思はれ、お負けに此の私を殺すから、後々まで安心だと思ったのです。

 私しゃア蘭樽が横合いから出て、私の頭を殴った時、直ぐに其の心を悟ったから、死んだ振りをして置きやしたが、何と憎い仕打ちじゃ有りゃせんか。私しゃア、その時直ぐにも起き直って、彼奴(きゃつ)ドテッ腹を、蹴破って呉れようと思いやしたが、彼奴は剣術の達人で、その上弁蔵と言う奴が、逃げたと見せ掛け、其の傍に隠れて居たんです。

 ゆえ二人には叶いませんから、茲(ここ)は堪忍が勝ちだと思い、蘭樽がお仙を連れて行った後で、一散に逃げて帰(け)えりやしたが、その時の傷が未だ痛んで、何の仕事も出来やせん。私しやア余ほど警察に訴エて呉れやうかと思ひやしたが、訴エる日にや自分まで、無罪(ただ)では済みやせん。此の上はもう有浦か貴方に、彼奴の悪事を打ち明けるのが近道だと思いやしたが、有浦には何時も蘭樽が附いて居やすから、傍へ寄る事も出来やせん。

 夫(それ)に此の上伊太利村で、私がお仙の家へ入ろうとして居る時、私しゃア有浦に踪(つ)けられやして、困った事が有りやした。その時は仕方が無いから、泥棒の振りで蘭樽の家へ逃げ込みやして、斯(こ)う斯(こ)うだと話したら、蘭樽が直ぐに穴倉の中へ隠して呉れやした。其の後で有浦は賊の入ったのを知らせると言って、家の中へ入って来て、蘭樽と共に散々捜しやしたが、蘭樽の口先が旨(うま)くて、到頭穴倉までは探さず済みやした。

 此様(こんな)事が有るんですから、若し有浦に逢いやしちゃア、有浦は私の言葉を聞かぬ先に、私を痛(ひで)エ目に逢わしやす。だから貴方に知らせるのです。

 斯(こ)う聞いて、綾部は且つ安心し且つ喜び、詳しく此奴(きゃつ)の話を聞いたら、蘭樽の正体を現すのに充分だと思ったので、
 「シテ手前は何うして蘭樽と親しく成った。」
 (勘)イエ、私しゃア蘭樽とは親しくは有りやせん。蘭樽に使われて居る、弁蔵と言う奴に頼まれたのです。夫(それ)もネ、弁蔵と言う奴は恐ろしく筆先の器用な奴で、誰の贋筆でも書きやすが、以前に贋書の件で、十年の所刑(しおき)に成り、私と牢の中で親しく成りやした。

 私しゃア窃盗の罪で、僅か三年で有りやしたから、後から入って、先に出やしたが、此の春、利門町を通って居ると、彼奴が恐ろしい立派な衣服(みなり)をして、金時計など光らせて居やすから、私しゃア、呼び留めて借金を吹っ掛けやした。彼奴は昔の事を知られて居る者だから、断る訳にも行かず、夫なら俺の手下になれと言いやすから、早速承知しやしたところ、私を蘭樽にお逢わせて呉れやした。

 (綾)シテ手前は蘭樽の悪事を詳しく知って居るのか。
 (勘)スリャア知って居やすとも、蛇の道ヤア蛇ですもの。彼奴はネ、私に知らせちャア、後の邪魔だと思って、弁蔵より外の者には容易に顔せエ逢わしゃアしません。又弁蔵も私には内幕を隠して居やすけれど、私しゃア悉皆(ちゃん)と睨んで居やす。夫でもネ、知った振りしちゃア疑われやすから、何も知らぬ振りで、聞かせて呉れと言ふんです。夫(それ)に主人の内幕が知れなきゃ、働き悪(にく)いなぞと時々愚痴を云って見せる者ですから、彼奴は充分安心して、私を馬鹿だと思って居るのです。ナアニ貴方、彼奴等に目を暗まされて、たまるものですか。

 (綾)フム、夫で蘭樽は何故お仙を攫(さら)わせたのだ。
 (勘)是には又深い訳が有るのです。お仙は彼(あ)れでも英国の貴族の種で、其の貴族と言うのは、蘭樽の従兄弟なんです。蘭樽と言うのア偽の名で、実は入山鐘堂とか言うのです。夫で其の貴族が死んで其の身代を妹の妹李夫人とか言う者に譲った所、妹李夫人は子の出来無い先に、所天に死なれた者だから、其の身代をお仙に譲る事に成ったのです。

 所がお仙の居所が知れ無(ね)エ者ですから、夫人が特々(わざわざ)英国から、お仙を尋ねに参(めい)りやした。夫を蘭樽の鐘堂が聞き知った者だから、横取りする気になりやして、妹李夫人を林屋お民の家へ誘(おび)き入れ、弁蔵と言う奴が工夫して作った恐ろしい寝台で以って、可哀相に妹李夫人を蒸し殺しやした。

 蘭樽の積りじゃア殺しせエすりゃア、手も無く其の身代が従兄弟の自分に伝わるで有ろうと思って居た所、後で調べると、お仙に譲る様に成って居たのでですから、今度は又お仙を殺す気になりやした。夫でお仙を附け狙って居る中に、英国に居る手下から手紙が来て、お仙を殺しても駄目だ。お仙が死ねば其の身代は英国とフランスのの慈善病院へ伝わる様に成って居ると知らせて来た者ですから、其所で又計略を替へ、今度はお仙を女房にする積りに成ったのです。

 女房にしさえすれば、其の身代を自分の名前にする事は、易いものですから、自分の名前に書き換えた上で、お仙も又も彼の寝台で蒸し殺す事に定めたやした。夫で手を廻して、又も彼の寝台を買い戻そうとしやしたが、今急に買い戻しては、若しかして、事が破(ば)れるかも知れ無いと言う心配が有るので、寝台だけは未だ其の儘(まま)にして有りやす。
 夫ですからお仙を女房にするのも、恋だの腫(は)れたのと言う訳では無く、身代を書き換えさせて、其の上で殺す積りです。

と此の恐ろしい巧(たくら)みを聞き、綾部は拳(こぶし)を握ってギリギリと歯噛(はがみ)をした。

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