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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道上編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第四十六回

 縄村中尉は弥生救出(すくいだ)しの約束を決めて腕八に分かれ、口の中で、
 「彼れ真逆(まさか)に俺を欺(あざむ)きはしないだろう。何でも明夜は宵の中から大河端へ行き、腕八の来るのを待っていれば好い。爾(そ)うして腕八の乗る小舟(ボート)へ相乗りすれば、たとえ彼が俺を欺かうとしても欺かれない。猶(なお)、念の為だから後刻あの黒兵衛に逢い、腕八が俺に言う言葉と黒兵衛に言う言葉とどの様に違っているか彼是(かれこれ)調べて見れば、腕八の誠か偽りかも分かる。ドレ約束の場所へ行き、黒兵衛が腕八との話を済ませて来るのを待って居よう。」
と呟き、どこかに立去ると、腕八は今既に黒兵衛に逢う事になっている予定の時間なので、大河端にある桟橋を指して行った。

 やがて桟橋の許(もと)に到ると闇の中に唯一点星の様な光が空に浮かんでいた。是は黒兵衛が口に咥えている煙草の火である。腕八は之を透かして見、小声で、
 「百姓か」
と問い掛けると、
 「オオ、悪人か、大層俺を待たせるじゃないか。九時半の鐘はとっくに打ったぜ。」
と答える。腕八進み寄って暗がりの中に肩幅広い姿を見認(みと)め、共々に石に腰掛、

 「ナニ、わざと遅れたのでは無い。用事に紛れて仕方無く遅く成った。シタが貴様は約束の金を持って居るか。俺が小桜露人を救って遣(や)ろうと言うのは唯貴様が一千両の報酬をすると言うからのことだ。其の金を持って居ないなら話をするのも無益だから。」
 黒「勿論、持っているサ。」
 腕「口で爾(そ)う言ったとて、百姓の身分で千両とは大金だからなア。」
 黒「この悪人め、俺を尋常(ただ)の水呑み百姓と思って居るか。」

 腕「イヤ、爾(そ)うは思は無い。野菜物の籠(かご)を背負っていても、其れは世を忍ぶ為で、戦場へも出た事のある男だとは、一昨日初めて逢った時に睨んでいた。」
 黒「爾(そ)うまで睨めば其れで好かろう。戦場へ出るのは武士じゃないか。武士に二言は無いと言う事を知ら無いのか。」
 腕「今時の武士は、金に掛けては百姓より信用が薄い。俺は金を見た上で無ければ相談しない。」
 黒「では茲(ここ)へ小桜露人(つゆんど)を連れて来いよ。引き替えに金を渡すから。」

 腕「爾(そ)う簡単に救い出されるものか。金を見た上、救い出しの手筈を打ち合わせるのサ。サア、金を見せろ。」
 黒「見せろと言ってもこの暗闇では見せる事も出来無い。アア牢屋の前の常夜灯が点(つ)いている。アノ許(もと)で見せてやろう。サア来い。」
と手を取ると、
 腕「馬鹿を言うな。アノ様な所へ行って堪(たま)るものか。誰に見つかるかも知れ無い。」

 黒「では金を見るにも見ようが無い。俺の言葉だけで満足して居ろ。」
 腕「でも先(ま)ア出して見ろ。重さと音とで金貨の額は大抵分かる。」
 黒兵衛は、
 「承知だ。」
と云いながら、腕八の襟首を鷲づかみに堅く掴(つか)むと、十人力と綽名がある腕八もこの剛力にには身の痺(しび)れる思いを為し、
 「コレ如何(どう)する。貴様は俺を絞め殺す気か。」

 黒兵衛は笑いながら、
 「アア見かけに寄らぬ弱い奴だぞ。」
 腕「放して呉れ」
 黒「イヤ放さ無い。貴様の様な悪人にこの暗闇で金貨の重さを計らせるのに、手放しにして置ける者か。若し手に取ったまま逃げられては大変だから斯(こ)う捕らえて置いて、見せて遣(や)るのだ。」
 腕「それにしても咽(のど)が苦しい。」

 黒「咽は苦しくとも耳さへ聞こえれば金貨の音は分かるはずだ。サア、是をを持て。」
と言い。腰に巻いた皮袋を引き出して腕八の手に載せると、中には田地など売って得た真成の金貨が満ちているので、腕八は其の重みを計り、殆ど絶え絶えの呼吸で、
 「分かった、分かった、確かに千両の上は有る。」
と言う。

 「再び武士の言葉を疑うな。」
と黒兵衛は気炎を吐き、皮袋を又腰に巻き付け、漸(ようや)く腕八の首を放し、
 「是で安心して小桜を茲(ここ)へ連れて来い。」
 腕「ナニ是で安心したから救い出しの相談を始めるのだ。今連れて来る事は出来無い。」
 黒「では如何(どう)救いだ出す。」
 腕「マア静かに聞いて呉れ。小桜は明夜、船に乗せ、大河へ沈められるのだから、船の中で救うより外は無い。貴様が其の時刻に大工に化けて俺と一緒に船へ乗り込めば好い。

 黒「大工に化けると言って、俺にはその様な事は出来無い。」
 腕「ナニ百姓に化けるより容易(たやす)いことだ。」
 黒「此の野郎、俺を百姓に化けて居る者だと思っているのか。今は武士でも根は農夫だから、そのまま農夫の姿に復(か)えって居るのだ。化けるなど言う事は嫌いだぞ。」
 腕「イヤ、今の儘(まま)の姿で、籠(かご)の代わりに斧を担(かつ)いで来れば好いのだ。」

 黒「其れでは化けるのじゃァ無い。斧と籠とを取り替えるのだ。それなら俺にも出来ることだ。」
 腕「斧も新しいのや錆びたのでは疑われるから、本当の大工の使い込んだ良く切れるのを持って来い。」
 黒兵衛は飲み込んで、

 「好し、分かった。斧で役人の頭を叩き割り、そうして小桜を救うのか。そんな荒療治なら千両出しても惜しくは無い。見て居ろ、役人の十人や二十人は五分と立た無いうちに殺すから。アア愉快だ、俺はもう此の頃の役人のする事が癪(しゃく)に障(さわ)って、どうか叩き切ってやいたいとその事ばかり思っていた。」
と言って腕八の呆れ驚くまでに勇み立った。



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