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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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  武士道後編 一名「秘密袋」             涙香小史 訳

               第六十四回

 獅子を陥穽(おとしあな)に入れる様に黒兵衛を客室に閉じ込めて、暴狂(あれくる)いながら死なせようとする、是が腕八の謀(たく)らんだ事だ。而(しか)も黒兵衛は此の謀(たくら)みを知ら無い。客室に入さえすれば主人小桜露人を救う事が出来る事と思い、賄賂として大金を腕八に贈ろうとする。是は大金を擲(なげう)って故々(わざわざ)死地に入るものだ。

 腕八は説き終わって更に又メーソンに向かい、
 「だけれど此の慰(なぐさ)みは誰にも知らさずに置くのが好いだろう。邪魔が入ると面倒だから。」
と云う。
 メ「爾(そう)サ、獅子を陥穽(おとしあな)の中に入れ、其の暴狂(あれくる)う時になって初めて同僚に知らせてやれば彼等も不意の事だけに猶更(なおさら)面白がるだろう。」
斯(こ)う答えてメーソンは席に戻った。後に腕八は今の中に賄賂を受け取って置こうと再び黒兵衛の傍に行くと、黒兵衛は腕八とメーソンの振る舞いを細かに注意して居たので、何か不安心に思うのか、腕八の顔を睨めて、

 「今の男はメーソンと云う奴だろう。俺は先日から度々死刑などの場所に行き、人から聞いて彼の名も職掌も知っている。貴様は彼と何の打ち合わせを仕て居たのだ。」
と問う。腕八は今騒がれては大変と殆(ほとん)ど必死の知恵を振るい、今迄船長一人の時は、俺が船長を抱き込んであるから何もかも俺の思う通りに行ったが、メーソンが来ては爾(そう)は行か無い。矢張り彼をも抱き込まなければ成ら無いから、それで実は抱き込みの運動をしていたのサ。安心しろ彼も全く俺に同意し貴様と小桜とを客室へ入れると云う心に成ったから。」

 黒「では彼奴(きゃつ)に俺の事を打ち明けたのだな。船大工と見えるけれど実は爾(そう)では無いなどと。」
 腕「ナニ爾(そう)までは打ち明け無いよ。唯俺の懇意な者で自分の親類が今夜溺殺されるから其れを救いに来て居ると斯(こ)う云った。」
 黒「その様な事で彼が能(よ)く同意したなア。」

 腕「ナニ容易には同意しなかったが俺から賄賂を匂(ほのめ)かしたからやっと同意した。しかし此の後又彼の心が何(ど)う変わるかも知れ無いから今の中に賄賂を幾分か遣って置かなければならない。サア貴様の腰の物を俺に渡せ。」
と巧みに説いて早や受け取ろうと手を出すと、黒兵衛は磊落(らいらく)な気質だけに日頃この様な手には乗り易い男だが、今は我が身の外に小桜露人を助けようとする者が無いのを知っており、充分に大事を取り、決して軽挙(かるはずみ)をしないと決心している上、我が目的を達する大手段は唯腰に纏(まと)える金貨に在る事を知っているので、容易に之を渡そうとはせず、

 「イヤ、了(いけ)無い。俺は愈々(いよいよ)目的が達すると見届けた時で無ければ渡ささないよ。先刻も云った通り、愈々(いよいよ)俺と小桜とを客室に入れろと云う命令が下り、客室の入り口まで連れて行かれた時に渡そう。其れまでは如何(どう)してもーー」
 腕「その様な事を言って居て、若しメイソンの心が変われば何(ど)うする。彼奴(きゃつ)は色々な事を考え少しの間に思案をし直す男だから、気の変わら無い中に賄賂を遣(や)らなければ。」

 黒「爾(そう)聞いては猶更(なおさら)遣(や)れ無い。貴様から遣る賄賂は、何でも俺の出す金の半分以下に違いない。半分以下で貴様の相談に応じたならば、たとえ気が変わった所で、俺から直接に彼に談じ全額を皆遣ると云へば彼又も初めの気に立ち返るに違いない。彼が決して気の変わら無い男と云うなら或いは今渡しても好いけれど、、気の変わる男なら決して今は渡せ無い。気が変われば俺は貴様を跳ね除けて直々に彼と談判するまでだ。」
と云う。

 之には腕八も驚かない訳には行かない。今に及んで其の身だけ取り除けられる直接の談判とされては己の目的が全く消滅する者なので、
 「イヤ貴様が直々に彼に話しを持ち出せば、痛い目に叱られて貴様も共々溺殺の数へ加へられるのは確実だ。嘘と思うなら直々に彼へ当たって見るが好い。併し貴様が客室の入り口へ行くまで金を渡さ無いと云うのも無理の無い用心だ。俺も其れまで待つと仕よう。待つとして其の間、成るだけメーソンの気を変わらせ無い様に骨を折るから、その代わり貴様も客室の入り口では、何人にも認められない様咄嗟(とっさ)の間に腰の物を俺に渡す様に、今から取り外して用意して置け。」
と云う。

 是には勿論異存は無いので、
 「好し」
と一言答えると、腕八は今受け取ろうと云う最初の目的が達し無いのを残念とは思ったが此の上に説くべき口実も無いのでそのまま又もメイソンの許(もと)に帰った。この時メイソンは早や酒の酔いが非常にく廻り、杯を腕八に差し出しながら、
 「コレ腕八、面白い事が色々有るぞ、今同僚の思い付きで、あそこにに居るアノ美しい女に、茲(ここ)で死に際の婚礼をさせて遣ろうと云うが何(ど)うじゃ。」
と言って、船の一方に死を待っている弥生の身を指さした。



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