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武士道 一名「秘密袋」   (扶桑堂書店刊より)(転載禁止)

ボアゴベイ作  黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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 武士道後編 一名「秘密袋」                   涙香小史 訳

               第七十六回

 薔薇(しょうび)夫人が其の遺言に里方の者共に塵(ちり)一筋も譲らずと定めたのは、真に黒兵衛の言う様に腕八等の悪るい心根を見抜いての事のようだ。更に二人は次を読むと、
 「妾(わらわ)は里方の者に塵一筋をも譲る事は出来ない。依って弥生と云う女を妾(わらわ)の相続人に定める。

 弥生とは千七百七十六年に生まれた女で、妾の老婢お律婆の手許に育て上げられ、後小桜伯爵の家に托せられた女である。」
 此の一説を読んでは縄村中尉も黒兵衛も一様に薔薇夫人と弥生との間柄を怪しまざるを得ない。

 夫人は何の縁で弥生を相続人と定めたのだろう。弥生が若し夫人の血縁を引く者ならば我が子とか我が孫とか或いは又我が姪とか記すべきだが、単に「千七百七十六年に生まれた女」とは余りに情の無い記し方である。だが中尉も黒兵衛も心の中に怪しむに止め、口には出さ無い。

 「妾(わらわ)の財産は夫侯爵から譲られた財産と其の後妾が自ら利殖した財産とを合わせた者である。しかしながら土地山林等の不動産は妾が先年来、値の高い時を見て売り払い、金貨に代えたので、今は一つも有して居ない。併し其の代えて得た金貨は、妾は少しも消費せず、却(かえ)って妾の自ら貯蓄した分とさえ合わせたので、右の不動産を買い戻す代価より多い。」

 薔薇夫人の大金貨と言って、頻(しき)りに腕八等の説き立てるのはこの様な事情を薄々知っている為に違いない。
 「夫侯爵から受けた財産中で元の形の儘(まま)存するのは妾が今住んで居るグランビル市の家と其の敷地だけである。此の家此の敷地は弥生には譲ら無い。小桜伯爵に譲る。しかしながら此の家は妾の死後、二十年は何人も住まはずに空家の儘(まま)に捨て置いて欲しい。二十年を経て初めて持ち主の自由になる者と思って欲しい。」

 異様な遺言の中でも、此の所こそ最も異様な一節であるが、多分は夫人が死んだ時床の下から怪しい白骨の現れた一条に繋(つな)がる者に違い無い。彼の白骨の何者であるかは知り難いが、夫人が之を非常の秘密として、並大抵で無く心に留めて居た事は、病中の身で寝台から飛び下りた事からも知られる。

 夫人は我が死後間も無く此の白骨が他人に見出されるのを嫌い、死後二十年も経(たて)ば、たとえ見出されても、深く詮索する手掛りも無くなるだろうと思っての用心では無いだろうか。中尉も黒兵衛も勿論白骨などの事を知る筈が無いので、終に夫人が何の為に死後二十年と記したのかを思ひ浮かべることは出来なかった。唯何か迷信にでも基ずいた事だろうと云って読み過ごした。

 「妾(わらわ)が何故に弥生を相続人とするかは、小桜伯爵が容易に合点せられる所なれど、他の人には一切秘密である。小桜伯爵が固く其の秘密を守り、生涯決して口外しないことを妾は祈るものだ。又伯爵は妾の遺産が弥生の手に帰する様、夫々の手続きを尽くして下さる事だろう。

 弥生は妾が死する前に、或いは人に嫁し子を儲けるかも知れ無い。又或いは死するかも分からない。若し弥生、子を残して死んだら、妾の遺産は無論其の子に與(あた)えるものだ。若し子無くして死ねば仕方が無く、妾の遺産は総て小桜家の物とするように。

 妾の遺産である前記の金貨は、妾之を銀行にも貯金局にも預ける事はあ出来ない。妾は如何(いか)なる所に預けるのも安心が出来無い為、自ら最も安全である誰も知ら無い方法を案じ、最も安全な場所に安置して有る。」

 最も安全な場所とは何(ど)の様な場所だろう。黒兵衛は首を傾け、
 「実に奇妙に用心する夫人だなア。」
 縄「爾(そう)サ、不動産を不安心として金貨に代え、更に一切の貯金法を不安心として、自分で他人の知ら無い場所へ隠して置くなどとーーー。」
 黒「併し其の場所とは何所(どこ)だろう。或いは自分の住んで居た家の床下だろうか。」

 縄「爾(そう)サ、或いはそれが為に、死後二十年まで何人にも其の家へ住わせるなト云うのかも知れ無い。イヤそれにしても未だ合点が行か無い、先ず下を読んで見よう。」
 黒「爾(そう)だ。下の条(くだり)に其の場所を記して有るに違い無い。」



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