巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 4.9

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百十五、「この梯子は人殺しの」

 いかにしてこの家に蛭峰の古い秘密が隠れているか、その詳しい内容は分からないけれど、伯爵は一人で納得した様子である。そうして、「サア、早く二階へ昇ってみろ。」と命じたその声は非常に鋭かった。ほとんど否を言う余地の無いほどに聞こえた。

 けれど春田路はためらった。伯爵は再び言った。「何をぐずぐずしているのだ。」春田路はやむを得ず二階の階段に近づいたが、迷信の深いコルシカ人の常と見え、右の手で十字を切る様な事をし、口になにやら呪文を唱え、、恐ろしさに我慢が出来ないように全身を震わせて階段を昇った。何かこの二階に恐ろしい物でもあるのだろうか。

 一応二階全体を見回ったが、何も恐ろしいものは無い。ただ一方の隅の方に、夜はなお更、昼でも陰気に見えそうな寝室がある。中はどうなっているか分からないが、この寝室の出入り口から少し離れて、下へ降る狭い階段がある。これは世にいくらでもある裏梯子(うらはしご)なのだ。伯爵はこれに目を留め、「ハテ、この裏梯子は何処へ通じているのか。春田路、これを降ってみろ。」

 この一語に春田路は、頭から冷や水でも浴びせられたかと疑われるほどに震え上がった。」「イイエ、伯爵、この梯子(はしご)はこの梯子は、」
 伯爵;「この梯子がどうしたのだ」
 春;「降りて見なくてもわかっています。後ろの庭に出る所です。」
 伯爵は異様に笑い、「お前は妙な事を言うじゃないか。俺は何もこの梯子が何処に出られるかお前の意見を聞いているのでは無い。降って見ろと命じているのだ。」

 春;「でもこれはーーーー」といって益々尻ごみし、更に前後も知らないように打ち叫んで、「アア、人間業では有りません。丁度貴方が、この屋敷を買うことになるとは。その上、私を連れてこの二階に上り、そうしてこの梯子を、私に下れと仰る事になるとは、」
 伯爵は聞かない振りで、「お前がくだらないなら、どれ俺が一人で行く。そのランプをこっちに寄越せ、」
 
 春田路の手からランプを取った。彼は又絶叫した。真に必死の声である。「いけません。この梯子は人殺しのーーーー」
 伯爵は皆まで聞かず、早や下に降った。春田路は最早仕方が無い。額に脂汗を流しながら、手すりにつかまって体の震えを抑え、ようやく従って降った。

 下は廊下である。伯爵は直ぐにその戸を開いた。なるほど外は春田路の言った通り後ろ庭である。「アア、そのほうの言葉に間違いはないわ。サア俺と一緒に庭に来い。」
 春田路は最早たてつく力も無い。庭に出ると、空はまだらに曇り、月が見えたり隠れたりしている。

 春田路は深い息と供に「アア、丁度このような夜であった。」と呟いた。伯爵は少し向こうの方の木の陰に行き、芝生の中の小高いところに立ち、「コレ、春田路、お前は何か人殺しと言うような言葉を吐いたが、俺の買い入れた家にその様なケチを付けるとは無礼ではないか。何が人殺しだ。その詳細を言え。」

 春田路はこの声を耳にも入れない。ただ恐れに夢中となった様子である。その言う事さえうわ言としか思われない。「アレ、アレ、丁度そこです。彼が今裏梯子から降り、うす暗い月明かりにその子を埋めたのは伯爵の足の下です。」
 伯爵;「お前は何を言う。気でも違ったのでは無いか。」
 春田路;「私が彼の胸に短剣を刺したのもその時です。彼は丁度、貴方が今立っている通りに立っていました。」

 伯爵;「彼とは一体誰の事だ。」
 春田路;「彼蛭峰です。」
 伯爵;「難だと、蛭峰だと、ただ蛭峰だけでは分からないが。」 春田路;「その頃マルセーユからニームに転任した検事補蛭峰重輔です。」
 伯爵;「なんだと、検事補の蛭峰、それなら先ほども聞いたが、その人をお前がーーー」
 春田路;「ハイ、刺しました。刺しました。伯爵、この私が丁度ここへめぐって来て、このように問われる事になるとは全く、神か悪魔の指図です。ありのままに白状してしまいます。」

 今まで誰にも真の顛末を話した事はなく、ただニームの牢で暮内法師に、一部分を話しただけですが、余り巡り合わせが恐ろしくなってきましたから、ここで貴方に残らず申し上げてしまいます。」伯爵は我が事成れりと言う満足の意を隠して、何気無く、「オオ、それは面白いだろう。俺もこの家を買った上は、この家についての事柄は、残らず聞かなければならない。少しも偽りの無いところを話して聞かせろ。」

 春田路;「ハイ、自分から申し上げるという上は、曲げも隠しもしません。」といって、芝生の上に身を下ろしたのは、どの様な事を白状する為だろう。

第百十五終わり
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