巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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gankutu15

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2010. 12. 30

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

十五、国王陛下へ宛てて

 土牢に入れられるのは、丁度、生きながら地の底に埋められるようなものだ。イヤ、地の底に埋められるのは間もなく死んでしまうから、苦痛が短い。土牢にいたっては苦痛の消えるときが無い。

 そもそも団友太郎をこの様な目に遭(あ)わせたのは、誰なのだろう。いうまでもなく蛭峰検事補である。友太郎の持っていたナポレオン党の手紙が人に知れては自分の出世の道が塞(ふさ)がるから、友太郎を押し潰(つぶ)したのだ。それだけではない。更にその手紙に書いてあったことを利用して自分の地位を作ろうと思っているのだ。

 彼は検事が居ないため自分がしばらく何事も思う通りになるのを幸いに、上手く友太郎のことに関して自分の思うとおりの手続きをしておいて、そうして裁判所を立ち去った。立ち去って直ぐに又米良田家の婚礼の席に帰った。そうして彼は許婚の礼子及びその母御に向かい、しばらくでも席を空けたことをあやまり、更に礼子の父に向かって数分間、別室で内緒話をしたいと申し入れた。

 勿論婿(むこ)のことだから拒絶するはずは無い。特に蛭峰の様子にただならないところが有って、余程熱心の熱心が現われている。それはその筈である。彼は自分の出世を計るまたとない好機会が来たと思い、一刻の猶予(ゆうよ)もなしに、これを利用するつもりなのだ。

 やがて、彼は自分の岳父である米良田伯爵と共に別室に入ったが、内側から堅く戸を閉ざして、そうして、出し抜けに「貴方の財産の中に公債や株券はありますか。」と聞いた。場合に不相応な問いではあるが、蛭峰の剣幕が剣幕だから、伯爵は咎(とが)めもせず、「そうですね、公債と株券と合わせて十五万円ほどは有るだろう。」とありのままに答えた。

 蛭;「直ぐにそれを売っておしまいなさい。」
 伯爵;「エ」。
 蛭;「売らなければならない時が来ました。」
 公債や株券を持っている人は、常に下落が心配が絶えない。少しでもその景色が見られれば、人に先んじて売りたがる。したがって、普段から人の言葉にも好く耳を傾ける。

 「では、何か、革命の陰謀者でも捕まり、再び世間が騒ぎそうに見えるのですか。」
 蛭;「それは裁判の秘密なので、貴方にさえも名言することは出来ませんが、兎も角お売りなさい。こう言ううちに遅れる恐れが有りますから。」

 伯爵は心中に、早や幾らか裁判の秘密を推量することができたような気がして、よい婿(むこ)を持ったものかなと、一方ならず喜んで、「直ぐに売りましょう。と言って、この土地に居て、それも出来ず、仲買人に宛てて手紙を書き、パリに急使でも差し向けようか。」

 蛭;「ハイ、手紙をお書きなさい。ですが急使には及びません。私が直ぐにこれからパリに向け出発しますから。」
 伯爵;「エ、貴方が」
 蛭;「ハイ、大急ぎで、今から一時間と立たないうちに立ち、昼夜兼行するつもりです。」伯爵は慌てて座を立とうとした。蛭峰はこれを引き止めて「どうか、もう一通、私のための手紙をお書きください。」と言った。

 伯爵;「誰に宛てて」
 蛭;「国王陛下に宛てて」
 伯爵;「エ」
 蛭峰;「ハイ、どうか直接に私が陛下の御前へ出て秘密の事件を奏上することが出来ますように。」

 さては株券の事で喜ばせたのはこの手紙を書かせる前置きであったか。米良田伯爵はそうとまでは思わないけれど、何しろ検事補と言う低い官吏を直接に国王に面会させる言うのは少し破格のことである。

 伯爵;「では、侍従に宛てて書こう。」
 蛭;「イイエ、侍従長ではいけません。直接に上奏しなければ、その手紙が侍従に帰しますから。なおも伯爵の躊躇(ちゅうちょ)する様子を見て、「何しろ非常な事件ですから。」

 国王陛下もお聞きの上は、貴方が好くその様な手紙を書いたと必ずお褒(ほ)めになりますよ。もしお書きなさらずに、後でそのことが陛下に知れれば、あるいは陛下はお恨みなさるかも知れません。」
 伯爵は到頭動かされた。「では書こう。」

 蛭峰は後ほどパリへ出発するとき、受け取って行く旨(むね)を告げ、それまでに書いて置いてくれるように頼んで、そうして元の席に戻り、礼子と母御には、職務上のやむをえない用事のため数日の間旅行しなければならないと告げ、もっともらしく何から何まで言いつくろって置いて、別れを告げた。母御と礼子との驚きはくだくだしく書くまでもない。

 外に出て、心は矢竹のように急いでいるけれど、マルセーユのような狭い土地で、検事の職にある者が、途中を駆け出しなどしては、どの様に人に驚かれ疑われるかも知れない。心に秘密を抱く人ほど、その様な用心が深い。それで何時もの通り落ち着いた歩調で帰って来て、我が家の門に立つと、ここに1人の美人が立っていて、「貴方お願いです。伺いたいことがあります。」と言って蛭峰を引きとめた。

 蛭峰は未だ知らないけれど、これが友太郎の妻、イヤ、ホンの数刻の差で妻とは未だ成っていないお露である。友太郎のことを聞き
に来たのだ。

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