巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu193

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 6.26

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

百九十三回、『その実、本当の父』

 小侯爵皮春永太郎には幸運が向いて来たと見える。彼が縁談の話の糸口を切ると段倉の方では、その糸口を捉えて引き出すように迎えた。スラスラと事も無く話が進んだ。

 永太郎は言った。「このような大事な相談には巌窟島伯爵が賛成してくださらないの誠に残念で、キット貴方の方でも私の言葉だけでは、不安心とお思いでしょう。けれど伯爵は野西家に対する義理合いでどうしても私の方に加担するわけには行かないと、おっしゃります。」

 段倉はその事情を充分察している様子で、しかもあざ笑った。「ナニ伯爵は野西が売国奴と言うことをまだご存じないから彼に義理立てするのです。今に野西の旧悪がもっと良く分かってくれば、必ず伯爵は彼に義理立てをしたのを後悔なされますよ。」

 段倉の眼中にはただ皮春家の財産があるばかりだ。この財産と自分の娘とを結びつけるには誰が賛成してくれなくてもかまわないのだ。永太郎は充分この辺の心意気を見て取って、開いた段倉の口に牡丹餅(ぼたもち)を投げ込むように、「でも伯爵は、私が妻を持つと言うことには賛成です。私の母折葉姫の遺産を二百万円(現在の34億円)だけは誰だか伯爵の知人が預かって監督していますそうで、私が結婚をすると同時にこれだけは私にくれると言います。」

 段倉;「それは伯爵の知人が預かっているのではなく、たぶん伯爵自身が預かっているのでしょう。」
 永太郎も実はそう思っていっる。けれど、わざと子供らしく、「イイエ、伯爵は確かに自分の知人と言いました。その上に又私の父へ勧告して、差し当たり五百万の財産を分け与えるようにするから、その財産に年々十五万の利息を生まれるようにして、それで夫婦の経済を支えよと言いました。貴方は銀行家だからこの辺の事情はご存知でしょうが、二口合わせて七百万円から十五万の歳入を得ることは出来ましょうね。」

 段倉;「それは私の手腕で年に二十万円(現在の3億五千万円)の利子は簡単に生ませてあげます。」三朱(3%)に足りない利子だもの、放って置いても生まれてくるのだ。手腕も何も要るものではない。永太郎は安心の風を示し、「それで一つは重荷の下りたような気がします。では直ぐに、結婚が済むと同時に七百万は貴方に預けることに致しましょう。」

 立派な家筋と爵位の上に、七百万円の身元金まで供えて、それで銀行家から縁談を断られるなら、世は逆さまになるのだ。幸いにしてこの場合には、世が逆さまにならずに済んだ。平たく言えば縁談がまとまったのだ。永太郎は段倉の承諾を得た上で、夕蝉嬢の承諾も得た。そうして灯がともる後に及んで笑み崩れた顔でこの家を辞し去った。

 玄関まで送って出た段倉の顔も劣らないほど笑み崩れていた。後のところは兎も角、まずめでたしと言わなければならない。
 けれど永太郎が宿へ帰ってみると彼の顔からその笑みをむしり取るようなことが出来ていた。それはテーブルの上に横たわって彼の帰りを待っている一通の手紙である。

 差出人があの毛太郎次であることは筆跡で分かっている。その文句は「親しき弁太郎よ。御身の前途がますます目出度く喜ばしいことは、御身自ら知れるだけ私も知っている。私は段倉男爵の他人にでは無い。今もし男爵の所に私が旧交を言い立て、顔を出せば、御身は余り有り難く無く思うことでしょう。御身がもし私が段倉男爵の耳に、御身の本名をささやくことを止めたいと思うならば直ぐに私の宿に来るように。」とある。

 なんという意地悪な書き方だろう。けれど仕方が無い。これに従うばかりである。永太郎は悔しそうにこぶしを固めこの手紙を二度、三度たたき伏せた。そうして余り人目に立たない着物に着替えて、又宿屋を出た。目指して行く先はモンタン街の静かな下宿屋である。

 この下宿屋に毛太郎次は、公債証書の利子で暮らす裕福な商人の隠居というつもりで、月々永太郎から貰うことになっている口止めの手当て銭で日を暮らし手いる。彼はまず不機嫌な永太郎の顔を見て「今日はほぼ縁談がうまく行ったはずなのになんで陰気な顔をするのだ。コレ弁や。夕蝉嬢はなんと言った。その話でもして、手前の身の上だけを心配しているこの親切な俺を安心させてくれ。」

 早やこのようなことまで知っているとすれば、この悪人絶え間なく私の挙動を見張っているに違いないと、永太郎は度肝を抜かれてしまった。そうして腹立たしそうに、「何でお前は私の身の上などを心配するのだ。心配されては迷惑だよ。」

 中々コレくらいの叱りに驚く相手ではない。「まあそう怒るなよ、お前が躓けば俺も倒れるようなものだから、ちょうど親が子を思うように心配するのさ。そうよ、心配すればこそ俺は先だってお前に会って以来、いいろいろとお前の身の上を考え、お前の行くところへは大抵見え隠れに護衛して行くようにしているがーーーー」

 永太郎;「ナニが護衛だ、止めてくれ、止めてくれ、お前のような者が付きまとっていると分かれば大事な仕事が皆破れてしまうのだよ。」
 毛太郎次;「そうではない、それがお前の気がつかないことまで俺は気がついてちゃんと考えている。お前はアノ巌窟島伯爵をどう思う。」

 永太郎;「大きなお世話だ。」
 毛太郎次;「俺はいろいろに考えたが、アノ人がその実お前の本当の父ではないだろうかと思う。」
 コレには永太郎も気が移った。このごろ自分が疑いだしたことと同じである。「エ、エ、何でお前はそのように思うのか。」と我知らずその頭を突き出した。

第百九十三回 終わり
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