巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

since 2011. 8.17

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

二百四十五、『誰の身の秘密が』

 弁太郎がコンベインで捕らわれたとの報道がパリーに達したとき、パリー人の騒ぎ方は一通りでなかった。
 何しろ昨日まで貴公子と崇(あが)められ、パリー第一流の銀行家段倉の婿とまで決まって居た者が、婚礼の披露の席に及び忽ち旧悪が露見して世にも恐るべき偽者と分かったので、誰一人彼の真の素性を知りたいと思わない者は無く、何者だろう、どうして偽貴公子になることが出来たのだろうなどと、口から口に問い伝え、いよいよ裁判となる日にはどの様なことを白状することかと、ほとんど手に汗を握るほどの思いでその日を待った。
 *       *        *       *      *
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 その日が遠いか近いかは段倉夫人と蛭峰大検事夫人との問答でほぼ推量することが出来る。夫人は婚礼披露の席へ捕り手が入り来たって、早や小侯爵が逃げ失せたと分かった時、顔を隠してよろめきながら自分の部屋に退いたが、部屋の中の大切な品物を小侯爵にさらっていかれたことなどは翌日の晩方、取り片付けに掛かる時まで気が付かず、そのまま一時間ほども泣いていたが、やや心が鎮まって見ると。後の始末をどうしてよいか誰かに相談しなければならない。

 普通の夫人ならば勿論夫と相談するところだけれど、この夫人と夫段倉の仲はたびたび記した通り夫婦と言うのは名ばかりで、少しの同情も残っていない。この様な場合の相談相手は、かの出部嶺の外にない。未だ夜は十一時にならないから夫人は覆面をして家を出で、前から知っている彼のクラブを訪ねて行って、彼に会ったが、彼の忠告は中々に人情がある。

 娘夕蝉の名誉を保護するためには、まだ小侯爵の捕縛されないうちに、他の名誉ある人を婿に選び、とっさの間に嬢と結婚させてしまわなければならない。さもなければ、嬢の不名誉は消す方法がなくなり、嬢の生涯を誤るだろうというのが一か条。
 それについては蛭峰大検事に頼み、小侯爵のの捕縛をなるたけ猶予してお貰いなさいと言うのが第二か条、
 差し当たり嬢に名誉ある婿が見つからないならば、婚資の額によっては不肖ながらこう申す私が候補者たるを辞さないとほのめかすのが第三か条で有った。

 夫人は感心して帰り、翌朝早くこの忠告に従い、蛭峰の邸を目指して又家を出た。しかしこの時もまだ娘夕蝉が逃亡したということには気が付かず、その部屋の戸が閉まっているのを見て、まだ眠っていることだと思っていた。

 蛭峰は自分の一家に不孝ばかり打ち続いて、特に娘華子が生死の境に往来している時だけれど、この夫人に会わないということは出来ず、会ってその頼みを聞くやいなや顔をしかめた。
 「イヤ、昨夜貴方の家の騒ぎは妻から聞いて驚きました。今朝はお見舞いに出なければならないと思っていたところですが、しかし、夫人、貴方のお頼みは私の力には及びません。」

 夫人は恨めしく、「裁判所の事で何一つ貴方の力に及ばないと言うことがあるものですか。」
 蛭峰;「イイエ、本当です。今朝既に各地方に弁太郎捕縛の厳しい電報を発しました。それだけでなく、既に彼がコンベイン地方に逃げた形跡さえ分かりましたから、もう今頃は捕まっているかもしれません。」

 夫人は反り返るほど落胆したが、しばらくして又、「それではこうして下さい。彼が捕まってもそのことを当分世間へ知らさないように。」
 蛭峰;「裁判に附すから、知らさないことは出来ません。」
 夫人;「その裁判を延ばしてください。」

 蛭峰は恐ろしいほど眼を光らせ、じっと夫人の顔を見つめた末、「反対に私は彼の裁判を急ぐのです。」
 夫人;「それはなぜ」
 蛭峰は声を低くし、そうして言葉に力を込めて、「貴方はかって私が約束したことをお忘れですか。」
 夫人;「約束とは。」
 蛭峰;「ソレ、どうしても巌窟島伯爵の本性を見破らなければならないと言うことを。エ、あの伯爵が我々の吹上小路の秘密を知り、何だか怪しいことばかりしているから、彼の本性を暴露してこちらから反転の動きに出なければーーー。」

 夫人;「覚えています。覚えています。けれど、蛭峰さん、今になって見るとその疑いは無用でした。巌窟島伯爵は何にも我々に対して深い考えがある方では有りませんよ。吹上小路の事といっても、われわれの疑いが過ぎたのです。」
 蛭峰;「大違い、大違い、私の眼には増々彼が只者ではないことが分かります。何でも早く彼の真相をを発見しなければならないと、私は八方へ手を広げていますけれど、あいにくあの時から不孝なことばかり続き、心に一寸の暇が出来ないのです。あの時既に調べかけた、書類さえもまだ調べ終わらずに居るほどです。」
 夫人;「けれど、そのことは何も小侯爵、イヤ、弁太郎に関係は」

 蛭峰;「無いとは限りません。私は何だか弁太郎を厳しく詳しく調べれば、自然に伯爵の身の秘密も分かるというような気が致します。」
 アア、彼を厳しく取り調べて果たして誰の身の秘密が分かるだろう。人を呪って穴を掘る者は自分が落ちないように用心して掛からなければならない、蛭峰はこの用心に心づいているだろうか。

第二百四十五回 終わり
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