巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

gankutu44

巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

四十四、一枚の白紙

 梁谷法師;「サア、大金を隠してあるには決まっているから、その在処(ありか)を解釈しなければ、俺の役は終わらない。俺は義務の心から、政治上の野心から、又学者としての自分の自負心から、真に心血を絞るような忍耐をもって調査に従事した。

 あんまり俺の熱心がひどかったものだから、雇い主スパダも感心し、もし、見つけ出した日には半分お前に与えると言って、確かな契約書まで作られた。けれど、とうとう見つけ出す事は出来なかった。そのうちにスパダは病死した。

 「病死する数日前に、自分で病気が重いため到底助からないと知ってか、更に前の契約を広くして、俺を財産一切の相続人に取り決めた。勿論スパダには妻子、骨肉も無し、親類と言っても、遺産や相続に口を出すほどの権利のある近い血筋は一人も居ないのだから、自分にもっとも忠実であったこの俺を相続人とするほかは無かったのだ。」

 「この様なわけだから、もし先祖の隠した財産が出たならば当然俺の所有に帰すのだ。たとえ出ないとしても、俺の権利に属しているのだ。けれど、スパダも死ぬ頃はもう絶望していた。先祖の隠した財産と言うのも痴人の夢であったなあと言って病床で苦笑いをされた。」

 「いよいよスパダの葬式が済んで後、計算して見ると、家も田地も前々から抵当に入っていたので、このまま持ち続けては、利子を払う手立てもない。これをもし債権主に渡せばやっとのことで書籍庫だけが浮いて出る計算だから、俺は仕方が無く、その通りに運び、書籍庫を自分の仮の住まいとして、不要な書籍だけを売り始めた。

 売らなければ生活の費用が無い。もし多少の利益があればそれを旅費に全国を遊説し、政治上の同士を求める積もりであった。
 「所がその前から、俺はスパダと共に過激な正論者とか政治運動家とかと認められ」、様々な嫌疑を受けていたので、家や地面や書籍を売った事が愈々異様に解釈され、全く一旗挙げる準備のように思われたのだ。

 「売り残した書籍中に、スパダ家の系図書が一冊あった。ある日俺はスパダの生前の知遇に報いるために、その伝を編纂したいと思い、その系図書を机の上に広げて読んでいたが、数日来、余り心身を労したため、その疲れが出たのか、机にもたれたまま眠ってしまった。

 そうして何時間かの後に目を覚まして見ると、早や夜に入って部屋中が真っ暗である。何処にマッチがあるのかさえ分からないため、ストーブに燃え残っていた火を紙くずに吹き付けてこれでランプを点ける積もりで、机の上を探ったが紙もない。今思うと実にこれが大金の所在が分かる発端であった。」

 「実に友太郎、何の事業でも偶然の助けを得なければ決して出来るものではない。人間の力は極めて微弱だ。助けが無ければどの様に努力しても失敗に終わるのだ。さて、その助けを「偶然」とも言い、多くの世人は運とも言うが、その運、その偶然の、中に、明らかに神の御心が籠(こ)もっている。」

 「結局油断無く熱心が張り詰めて居れば、この神が偶然のように運の助けを送るのだ。油断のある人間はその助けを捕らえることが出来ない。空しく来た運を取り逃がすのだから、失敗に終わるのだ。」

 「俺は机の上を探っても紙がないから、読みかけの系図書の初めに、古い白紙が一枚挟まっている事を前から見て知っている。如何して挟まっているかは知らないけれど、勿論白紙の事だから少しももったいないと思うところは無い。」

 「直ぐにこれを抜き取って、日のところに持って行き、透かして見て、愈々白紙であることを確かめた上で、これに火を吹きつけたが、火が移って燃え始めると同時に、白紙と思ったその紙になにやら文字が現れた。」

 「この時、あたかも雷火の閃くように、俺の脳髄に一種の悟りが差し込んだ。アアこの紙が秘密の書置きである。先祖が用心のため、火にあぶれば現れる一種の魔墨を使って、この紙に大金のことを書いて置いたのだ。
 俺は直ぐにその紙の火を揉み消した。この時の俺の胸の騒ぎ方は、たとえようの無いほどだ。動悸の音が耳に響き、しばらくは鎮める事が出来なかった。」

 「俺は暗闇の中で神に祈った。この身が何年も寝食を忘れて探したことを、神がただ一夕に知らせて下さった。深くその恩に感謝しなければならない。どうかこの白紙に現れる文句が大金の在り処であって下さい、どうかこの白紙がスパダ家の先祖の遺言であって下さいと、全く半時間も頭を上げることもできずに、自然と祈りが口から出た。」

 「祈り終わって、今度は静かに机の引き出しから他の紙を取り出して、ランプを点けた。そうして、今の燃え残りの紙を調べた。悲しいかな三分の一は早や無くなって居る。けれど、残る部分で判断が出来ない事はない。」

第四十四回終わり
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