巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

六十五、野西子爵

 どうして次郎のような者がそう出世することが出来ただろう。暮内法師と名乗るこの人は、ほとんど開いた口が塞がらないほどである。
 それと見て取った毛太郎次は「誰だって彼の出世は納得が出来ません。余程の秘密があるのに違い有りません。表面上は分かりませんが、何でも余程不正なことをしたのです。ただその不正が少しも分からないのが不思議です。」

 法師;「まあ、その誰にでも分かっている表面の履歴だけでも聞きたいものだ。」
 毛;「それはこうですよ。ナポレオンが帰った時、彼は兵隊に取られまして、リグニーの戦場へ送られました。そこで彼はある将官の護衛兵となっていましたが、その将官が敵に内通して英国に逃げて跡をくらましました。逃げる時彼にも一緒に来るよう勧めました。多分彼がその将官の秘密を嗅ぎつけたので、将官も一緒に来るよう勧めなければ成らなくなったのでしょう。」

 「彼は一も二も無く同行を承諾したと見え、一緒に敵国に落ちましたが、もしもナポレオンの朝廷が続いていれば、彼は勿論軍法会議で死刑に処せられるところです。運の好い奴は違ったもので、間もなくナポレオンは亡び、又も元の国王が位に服する事になりましたので、彼はその将官と一緒に帰って賞与を得、英国から帰ったときには、早や唯の兵卒が少尉に成っていました。そしてこの国に帰ると同時に特別に中尉に上っていました。勿論彼を引き連れたその将官が朝廷の信任も厚く、陸軍の長官になりましたから、勝手に彼を引き上げたのでしょう。」

 「それから、スペインと戦争が始まったとき、彼はまた、一段出世して、佐官相当となり戦場に向かいましたが、スペインは彼の生まれ故郷でしょう。それだから彼は地理や風俗にも詳しく、味方を引き連れて誰も知らない間道から抜け駆けしたり、それはそれは人が驚くほどの手柄を立て、その戦争中に、特別、特別で何度昇進したか知れません。」

 「それに彼はその戦地で丁度兵糧請負の段倉と一緒になったものですから、段倉へ様々な便利を与え、敵の不正な商人を連れて来て段倉と結託させたり、或いは陸軍省の方の関係を開いたりして、段倉から余程の配当を得たのでしょう。そして、戦争が終わってパリに帰った時にには、彼は早やかなりな金持ちになって、陸軍の大佐となり、戦争中第一の功労者として子爵に取り立てられまして、何しろ陸軍では彼ほど出世の早い男は居ないということです。今では次郎と言っても誰も知る人は無く、野西子爵と言わなければ分かりません。」法師は呆れた様で、

 「オオ、野西子爵偉いものだなー。そうして陸軍大佐か。」
 毛太郎次;「イイエ、今では大佐よりも上っています。」
 法師;「どうして」
 毛;「陸軍の少将です。今から十年のうちには中将か大将にまでなるのでしょう。まあ、お聞きなさい、スペインの戦争後はご存知の通り、引き続き泰平で、軍人の出世する場面が無いのでしょう。」

 「ところがギリシャがトルコに向かって独立の戦争を開きました。いずれの国もギリシャが勝てば好いと祈るようなわけで、この国だって、公然とはギリシャを助けられませんので、軍人が自分の一了見でギリシャに行くことを大目に見たのです。それだから野心のある軍人は我も我もとギリシャに行きましたが、勿論野西子爵の次郎も行ったのです。行くと何しろあのスペイン戦争で戦功第一に立てられたという武名があるものですから、直ぐにヤミナ州の州王の参謀長に成り、休戦のときなども、州王に代わってトルコに使いにやられるというほどに、信用されたのです。」

 「それから遂に州王はヤミナ城の戦いに敗れて討ち死にをするまでの哀れな次第になりましたけれど、その死ぬ前に次郎に非常な大金を与えたのです。どうでしょう。彼がその州王から賜った遺産だと言い、この国に持って帰った金が、銀行の為替で百万円だったと言いますよ。これは間違いは有りません。銀行の為替で誰でも知っているのですから。」

 法師は口の中で、「アア、その金が怪しいな。ヤミナへ出張して調べれば又手段が出てくるわ。」と呟いた。
 毛;「それで帰ると直ぐに少将に上されたのです。少しの間の仕事で、百万円儲けて、官の等級まで昇級するとは、アイツはどの様な秘伝を知っているのだろう。イヤ、中々あいつなどとは言えません。ヘルダー街の二十七番地に立派な屋敷を構え、貴族の中でも最も羽振りのよい人となっていますから。」

 「分かった。ヘルダー外の二十七番地か。」と言い、法師は手帳に書き留めたこれで、先ず段倉と次郎の事は分かったが、法師の心にはこの二人よりも、もっと気になる一人がある。法師は少しためらった末、ヤッとその一人のことを問出だした。「しかし、あの露とか言った女はーーー何でも行方知れずになったとか聞いたが。その後、とうとう行方知れずで終わっただろうか。」

 毛太郎次が返事をする間も法師は、動悸がする様子であった。毛太郎次は笑った。「アハハハ行方知れずなどと、その様な事を言ったら笑われますよ。現在このフランスで一と言って、二とは下がらない貴婦人の事を、」法師は驚き飛び上がらないばかりである。「エ、お露!とかいう女も矢張り大財産を作ったのか。」

第六十五回終わり
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