巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

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巌窟王

アレクサンドル・デュマ著 黒岩涙香 翻案  トシ 口語訳

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史外史伝 巌窟王    涙香小子訳

八十四、この島に大変な豪い人が

 船は日の暮れに及んで、ようやくモント・クリスト島の近くまで行った。島に着くのは夜に入りそうである。このような小船で、無人島に着いて、どうして夜を明かすことが出来るだろう。安雄は少し心細くなったので、船長に聞くと、船長は平気なものである。

 「船の中が寒ければ陸にに上がって岩の陰で寝れば良いでしょう。岩で屏風のように取り囲んだ所が有りますから、それに、ナニ、食い物は昼間貴方が獲た鴨が有りますから、岩の陰で火を焚(た)いて、旨く私が料理して上げますよ。」と少しも心配が無い調子である。

 辺りが真っ暗になってから島に着いたが、船長らは明かり無しにも辺りを見ることが出来ると見え、屈曲の多い海岸に沿って、平気で船を操っている。多分屏風ののような岩があると言ったその陰のところまで漕いで行くつもりだろう。しばらく行くと、島の一角から焚き火が見えた。船長は驚いた振りで船を止めた。

 安雄;「無人の島だと言ったのに誰か火を焚いているではないか。」
 船長;「そうです。イヤ無人の島だけに、時々密輸商人や海賊などが立ち寄ることがあるのです。」海賊と聞いてはあまり気持ちのよいものでは無い。
 安雄;「何だと、今の世の中に海賊というようなものがあるものか。」
 船長;「ありますとも、ローマの付近に山賊さえ住んでいるでは有りませんか。」

 成る程、ローマの郊外の山の洞穴に、山賊の群れがいて、時々里に下って来て、追いはぎを働くけれど、政府がこれを取り鎮めることが出来ない事は、ローマ通と自認する安雄が前から知っているところである。けれど、今更しり込みするすることはフランス男児の顔としても出来ないところだから、「フム、海賊などとは面白い者が居るものだなあ。」と何気なく言い捨てた。

 船長;「兎も角、私が泳いで行き、何者だか見届けて来ますから、静かに待っていて下さい。」
 こう言って、早くも着物を脱ぎ、音もさせずに水に入ったのは流石に商売である。その後で水夫の一人は安雄に向かい、「海賊などという者は余ほど気前が好い者ですよ。物を積んだ船こそ襲いますが、このようなけちな船を船だとは思いはしません。もし、貴方が、この島に猟に来たのだが、腹が空いたから、、これを焙(あぶ)ってくれと言って昼間の鴨をでも差し出せば、喜んであべこべにご馳走します。」こう聞くと安心が出て、これも話の種だから、海賊の饗応も受けてみようかとの気持ちも起こって来た。

 安雄;「しかし、果たして海賊だかどうだか。」
 水夫;「それも分かりません。実はこの島に大変豪(えいらい)人が一人住んでいるのですよ。あそこに火を焚いているのはこの人の子分かも知れません。」
 安雄;「エ、豪い人とは」

 水夫;「贅沢な遊船に乗ってこの地中海を果てから果てまで乗り回しているのです。時によるとインドへまでも行きまた、英国にまで行くという噂ですが、何しろどれほどの金を持っているのか分かりません。確かに知った人は居ませんが千万円とかの金を出して、有名な冨村銀行を自分の物にしているなどという人も有ります。」

 安雄は皆までは信じないけれど、
 「それが海賊の親方か」
 水夫;「ナニ、海賊では有りません、船乗り新八(シンドバッド)」と自分では名乗るそうですが、多分はどこか外国の大金持ちでしょう。この地中海を航海する者は、どうかするとその人やその遊船などを見かけますが、人を助けるのが好きだと見え、海賊でも陸の賊でも、随分その人の恩を受けた者が居ると言います。」

 ますます珍しい話である。
 安雄;「その様な人がこの島に、別荘でも建てているのか。」
 水夫;「イイエ、巌窟の中に王様の住むところよりも立派な宮殿を作り、、人間には無いような宝物を集めて住んでいるのです。誰も我々の仲間に、そこまで見た者は有りませんけれど。ゼノアの船長がどうにかしてその巌窟へ案内されて、夜通しご馳走を受けて返されたとという事です。その船長から直々に話を聞いた人は何人も居ますよ。」

 安雄;「この船の船長はその様なことを知らないと見えるな。知っていればこの島が無人島だなどと言うはずが無い。」
 水夫;「イヤ、知っていますよ。知っていますけれど、その人がこの島に居る時は、余り無いのです。大抵はどこかに出ているのですから、矢張り無人の島も同じ事です。」

 安雄;「その様な立派な宮殿を後に残して、留守がちにしていては、後で他人に荒らされるだろう。」
 水夫:「ところが不思議です。誰が幾ら調べても、その巌窟の入り口が分からないのです。私共も時々ここに上陸して探しますが、ここだろうかと思うような所は二、三箇所有りますが、巌また巌で塞がっていて、蟻の通る隙間も無いのです。噂ではその船乗新八《シンドバッド》)が何か呪文を唱えるとたちまち巌が自然に開き、宮殿の入り口を現すのだなどと言いますが。」

 安雄は笑って、「イヤそれは大変だ。まるでアラビアンナイトにある昔話だ。」
 話が益々佳境に入るところに船長は泳ぎ返って、そうして先ず水夫に向かって、「今夜は遊船の主人は帰っているのだよ。」
 こう言って更に安雄に向かい、「旦那、貴方は運の良い方ですよ。あすこに火を焚いている者らの主人が貴方に晩餐のご馳走をしたいと言うのです。」

 安雄;「俺のことをどうして知った。」
 船長;「私が聞かれたから言ったのです。何でもフランスからカアニバルを見に、わざわざ来たお客らしい。」と、
 安雄は何となく胸が躍った。

第八十四終わり
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