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黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (二十二)

 今までの私なら、カルメロネリの逮捕と聞けば我を忘れて跳(と)んで行くところだったが、今の私はただ冷静一方の人間だ。簡単には驚きもしないし、騒ぎもしない。メードが立ち去った後で、悠々と考えてみると、彼、海賊王は実に私に取っては大の恩人だ。私の命が助かったのも彼のお陰だったし、復讐に使う費用も彼からの賜(たまもの)だ。たとえ他所(よそ)ながらでも一目彼の姿を見、密かに恩を感謝しなければ、私は余りに彼を踏みつけにするのに等しい。とにかく、彼が捕らわれている所まで行ってみよう。

 このように思って私は部屋の出口に掛けてある帽子を取り、これを被(かぶ)って外に出ると、カルメロネリの逮捕の噂は早くもこの辺り一般に伝わったらしく、公園を目指して多くの人が走っていた。私はあえて走らず、例の「何だつまらない」と言う風を装い、そろそろと歩きながら、やがて公園に着くと、およそ百人にも近いのではと思われる群衆のまっただ中に、高く頭だけ上に出た大男、これがすなわちカルメロネリに違いない。

 なるほど、先日、ラウラ丸の船長から聞いたとおり、顔中黒髭に包まれ、鋭い目は濃い眉の下に輝き、一癖も二癖もありそうな面魂。この男にさえ操を立てる照子とやら言う美人があるかと思うと、なぜ、自分には操を守るナイナが居ないのかと、不思議になるばかりだ。

 カルメロネリの左右には抜刀の憲兵が2名付き添い、さらに、あちらこちらに数人の警官がおり、カルメロネリはこれらの頭の上から、群衆を見回していたが、彼は、どうしてか私の姿を見ると、異様にその目を輝かし、あたかも、私の本性を見破ろうとするように、私の顔をじっと見つめた。私は不思議でもあり、かつ不安な気持ちに耐えられなかった。

 今まで一度も彼を見たこともないので、彼に我が顔を見知られているはずがない。なぜ彼は群衆の中で、特に、私の顔だけに目を注ぐのだろう。私がこのように怪しんで、まだ、その理由を見いださないうちに、彼は、なおも私の顔を見詰めたままで、非常に高い声を出して、「おお、貴様の姿は実に良く変わっている。俺の目にさえ見破ることができないから。」と叫んだ。物には驚かないと決心した私だが、この言葉には実に、脳天から冷水を浴びせられたように、体も心もすくんでしまった。

 貴様とは誰のことだ。問うまでもなく私のことだ。しかし、このことを知っているのはただ私だけと見え、群衆は口々に「誰のことだ、誰のことだ」と怪しみ問うた。中でも憲兵の一人はすぐにカルメロネリの肩を押さえ、「貴様は誰にそんな事を言っているのだ」と問いつめると、カルメロネリは初めて私の顔から目をそらし、天を仰いでからからと高笑いをして、「なあに、こっちの事だよ、え、貴様、貴様ほどうまく姿が変われば、俺も捕まらずに済んだものを、今となっては仕方がない。」

 「しかし、貴様はもう安心だよ、ほかの者は皆それぞれ他国に逃げてしまったから、俺の後でも弔ってくれ」と言う。私はますます気味が悪くなった。この言葉から察すると彼は私がハピョであることを知り、彼はその財宝までも盗み取った事まで知っているようだった。

 彼はどのようにして知ったのだろう。私は色々考えてみて、すぐに心にピンと来るところがあった。読めた、読めた、私が衿に刺している針の頭はこれは彼のダイヤモンドなのだ。私はインドから帰った大富豪の姿を作るため、すでに彼の珠玉をそれぞれの飾り物に作らせ、その内の特に立派なものを衿飾りとし、数日前から我が首に掛けていたのでカルメロネリはこれを見て早くも自分の品であることを知り、私を自分の手下の一人が姿を変えているものと思い、よそながら私に別れを告げ後の弔いまで頼んだものだろう。

 それだからこそ、彼は、「俺にさえ見破れなかったから」と言ったのだ。彼は私の本性は見破れなかったがただ非常なるダイヤモンドの光から、きっと手下であろうと思い込んだものだろう。私がこのように悟ったのと同じく、警察の中にも、この中にカルメロネリの手下が姿を変えて混じって居るのを悟ったようで、現に、私のそばにいた一巡査は同僚の耳にささやき、「誰か、赤短剣のマークを付けている者がこの中に居るだろう。探せ、探せ」と言いながら目を配った。

 なるほど、赤短剣はカルメロネリの党のマークだが幸い私はそのマークは身につけていない。だがそうは言っても不安は少しも消えなかったので、何とかして誰にも分からないように、ここを逃げ去りたいとむなしく心を悩ましていた。
 
 この時カルメロネリはなお群衆の中を見回していたが、何のためかたちまち顔に非常な怒りを表して来た。ああ、彼、私の本性に気が付いたのではないか。今まで私を手下の一人とばかり思っていたのが、よくよく見るに従って、手下ではなく、全く自分の宝蔵に忍び入り、自分の宝貨を奪った、泥棒の上前取りと気が付いたからではないのか。私がますます縮み込むと、カルメロネリは「これ、くせ者、ここへ来い、来い、こう見えてもまだ、手前のようなくせ者に欺かれるカルメロネリではないぞ」と言う。

 この時の彼の目は依然として空を眺めているだけだったので、果たして、今までの言葉と同じく私に向かって言ったのかどうか、それとも、私以外の者に言った言葉なのかはっきりと知ることは難しかったが、ほとんど私の方を指さしていたようだった。

 この時、憲兵は再びカルメロネリの肩を押さえ「貴様がくせ者というのは誰だ、誰のことだ。」と迫り聞いた。カルメロネリは大声で「人の者を盗むあのくせ者だ」と言い、更にあふれ出る自分の声を制する事ができないかのように「カルメロネリは人の物を盗むが、手前のように持ち主の目をかすめてこっそり入り、持ち主の知らない間に盗もうとはしない。」

 「白昼に堂々と押し入って行き、持ち主がピストルでカルメロネリを射殺そうとしているその船で物を盗む。つまり、力ずくの強盗だ。人を殺す変わりに、自分の力が足りないときは殺されるのを覚悟の上だ。英雄が戦争をして人の国を奪うのと同じことだ。海賊とは言われても盗みはしない。奪うのだ。さあ、盗人め、ここへ来い、警官を始め大勢の人がいる前で言って聞かせることがある。」

 ああ、盗むと奪うとはそれほど違いがあるのかないのか。私はそれらの事を考える暇はなく、ただ、自分の運が全く尽きたことを感じるばかりだった。

 
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