巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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白髪鬼

             (六十四)

 寝室に退いてベッドの上に倒れたが容易に眠ることもできない。つらつらと明日のことを考えてみると、私が殺されるか、はたまたギドウが殺されるか。勿論、その時まで定まらない事ではあるが、私はギドウよりも心落ち着き、更に狙いが狂うだろうと思われるところはどこにもなかった。

 ただ私の狙いは一つなのだ。心臓を射て即死させようか。いやいや、即死は彼を罰する道としては余りに軽すぎる。試みに私が彼に苦しめられた今までの苦しみを見よ。私はこれのため頭髪が全て白くなってしまったではないか。墓穴に入れられて死にきれず、生き返って来てこの復讐を計画するに至った私の悩みは、とうてい一発のピストルで頓死するような比ではない。

 私が受けただけの苦しみは、今となっては到底人間が行う方法では、彼に受けさせることはできない内容だが、だからと言って彼を即死させずに、何分間か彼の死に際の苦痛を長くすることくらいはできないことではない。

 よしよし私は彼の心臓の少し上を狙おう。そうすれば彼は即死せずに、何分か苦しむことは必然だから、私はその間に彼に向かって、私が笹田折葉ではなく、彼の昔の親友ハピョ・ロウマナイであることを知らせなければならない。ハピョがただ復讐の一念より今まで艱難辛苦《悩み苦しみ》を重ねたことを知らせ、彼に本心から悔やませなければならない。

 考えがようやくまとまり、私は眠るともなく眠りに就(つ)いた。初めはうとうととただまどろむだけだったが、やがては前後も分からない全くの熟睡となり、大いに心身を休めることができた。何時間か後、枕元のドアが開く音に驚いて目が醒め、はっと頭を上げて見ると湯気の立つ熱いコーヒーを手に持って、あの瓶造が入って来たのだ。

 「おお、瓶造、寝過ぎてしまったか。」
 「いえ、今が五時二十五分前です。ちょうど良い時間だろうと思い起こしに参りました。お召し替えも次の間に取りそろえてありますから、お支度をなされませ。」と言って下がる。

 後に私は起き出してそのコーヒーに口を潤し、何分も経たない中に早や顔を洗い、服も着替え、居間に出て、鏡に我が姿を映して見ると、雪のように白い髪、雪のような髭に包まれ、年老いた我が顔は、昔のハピョと同じではないが、さわやかな目の様子から、実が詰まった頬の様子など、誰がハピョであることを疑うであろうか。

 たとえ、髪の色を染めなくても、もし頬から顎の髭をそり落とし、ただ鼻下八字の髭だけにし、サングラスを取りはずだけでも、すでに面影が元に返るのを見ることができる。

 私が心配無い我が顔色に満足し、再びサングラスをかけ終わるところにまた瓶造が入って来た。「どうか、私もお供をさせていただきましょう。」
 「何も言わずにただついて来るだけなら連れて行っても良いが。」
 「はい、一言も言わずにお供をいたします。」
 「では来い。もう介添人の準備は良いか。」
 「はい、ダベン侯爵も、フレシャ大佐もはや馬車に乗り、この家の前で待っています。」

 私はそのまま居間を出ると瓶造はあの一対のピストルを持ち、従って来た。やがて門に出て、馬車に乗ると、侯爵は親しそうに私の手を握りながら、鋭く瓶造の顔を眺めながら、「彼は安心な人物ですか。」
 「この上もなく安心です。私が傷でも受けた時に、彼は自分で介抱をしなければ気が済まないので、それでついて来るのです。」

 侯爵は、
 「なるほど、正直そうな従者です。」と評して彼が従い来たのを許したが、この時、宿の主人も慌てながら送りに出て来て、
 「皆様、三人前の食事を揃えてお待ち申します。お帰りの上はきっと祝杯でございましょう。」と世辞を述べた。馬車はようやくきしりだし、フレシャ氏は非常に真面目に、

 「この頃の決闘はただ儀式だけで、料理屋に祝杯の準備を命じて置いて、出て行きます。昔の遺言をしたためておき、水杯で出かけたのとは大違いです。」と言うと、侯爵も苦い顔で、「しかし、今日のは、そのような儀式だけの決闘では無いでしょう。」

 「もちろんです。」「そうでなくては決闘ではありません。しかし、侯爵、フランスでも貴方が現れてからは実に昔の決闘を再興したという感じがします。貴方に敵対すれば血を見ただけでは治まらず、必ずその場で死にますから。」

 「さようです。私はある時、人に辱められ、深く自分で決心しました。」この後、いやしくも私を辱める者は、決して生きてこの世にはいられないようにしてやりたいと、こう思ったから、それから一生懸命撃剣を学んだのです。

 「昨夜パーティーに会したハメル氏も確か貴方のお弟子でしょう。」
 「はい、ですが、彼は決闘にただ勝って敵を殺すと言うだけの目的です。文明の決闘ということを知らないから困ります。」
 「私はあくまでもきれいにやるのが文明のテーマと知っているので、ただ剣の先で一突きに余り血が出ないように急所を突いて殺します。たとえ、遺族がその死骸を引き取って対面してもあまり残酷とは思いません。」

 「それに引き替え、彼はただ殺したい一心で敵にすきまさえあれば所嫌わず傷つけて、まるでもう下手な豚屋が豚を殺すように血だらけにしますから、人が恐れるのです。普段から言い聞かせていますが、仕方がありません。そのような決闘ならばむしろピストルで撃ち合うのがいくらかましかも知れません。今日伯爵がピストルを選んだのも多分ここいらが深意でしょう。」

と私の方に振り向いたので、私も
 「そうです。」
と答えると、この時馬車は、早くも定めの決闘場に着いた。



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