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白髪鬼

マリー・コレリ 著   黒岩涙香 翻案   トシ  口語訳

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2009.12.13

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白髪鬼

             (八)

 海賊王カルメロネリ。彼の名は赤短剣のマークとともに高い。彼は19世紀にならぶ者の無いほど、豪胆な海賊だった。
 彼、その獲物を我が家の代々の墓倉に隠して置くとは、よくも考え出したものだ。ここなら、警官に知られないばかりか、誰にも発見される心配はない。まさか、伯爵ハピョ・ロウマナイが死んで再び生き返り、この大柩を暴くことになるとは、彼の奸知(かんち)《悪智恵》も思いもよらなかったことだろう。

 察するに、彼は死人を葬るように見せかけて、全て葬儀の儀式で何人かの手下にこの柩を担がせて持って来て、ここに隠したに違いない。これらの宝は全て世に言う不正の富で、由緒正しい君子が手をふれるのも嫌うところだが、世界各国の海に出現し、各国の舟を脅かし、各国から奪い集めたものなので、今更その持ち主に返せるものではない。海賊である彼の手にあるより私が保管する方が適切だ。よしよしこの宝がここにあることを知っておいて、胸の内に締まっておけば、いつかまた何かのためになるだろう。

 確かに警察に訴えるのも何かのためになるだろう。それは他日、他日、他日まで胸にしまっておこう。私はこのように考えながらまた現実に返った。他日とは生きて何時までも長生きする人の言うこと。墓倉の中に閉じこめられて出るところもない私の身にとって、他日と言うことが有るはずがない。何かの種にしようと言うその機会を得ない内に飢え死にするのが私の運命だろう。

 私はまたも色々な恐ろしい考えに身を悩ませ、悔しさの余り、その宝をつかみ取って、手当たり次第に地面に投げつけようとしたが、ちょっと待て、あの海賊王カルメロネリはどこからこの柩を墓倉に入れたのだろう。墓倉の入り口は私の家にある鍵のほかには開く方法はないはずだ。そうすると、この穴のどこかに彼、海賊だけが知っている秘密の出入り口があるのに違いない。最初からそのような出入り口を設けて有ったのではないので、彼はどうにかして、自分のために他人には分からないようにして、その出入り口を作ったのに違いない。だとすれば、私はまだ失望するには及ばないではないか。

 私がこのように思っているその時、棚の上のろうそくはあたかも風に吹き消されたように、フッと消え、私の居るところは前のように暗闇となった。いずれにしろ、マッチもあり、ろうそくもあるので失望することはないが、ただ、怪しいのはどこから風が吹き込んで来てろうそくを消したかだ。どこかに風が入る穴があるに違いない。私は先ず、床の上の方を見ると、あら不思議、壁に手を入れられるほどの穴があり、そこから風が吹いて来るばかりか、薄々と明かりも漏れていた。

 さては、さては、先ほどまでは穴の外も夜中だったので内側と同じく真っ暗だったのが、今は夜が明けたため、明かりが差し込み、この穴が自然と目に見えるようになったのだろう。この穴はもしや何かの秘密ではないか。私は先ず、再び明かりを照らし、その上で我が手をその穴に入れて探ってみると、読者よ、この穴は、まさしく、カルメロネリが作った出入り口だった。

 穴の周りにあるいくつかの石は私の手でも動きそうだった。この石を取り外せば外に出られることは間違いないと、私はその石を前に引くと、思っていたよりも手ごたいがあり、なかなか取り外せなかった。更に向こうの方に押せば少し動くように見えたが石と石が競り合い、一個を押せばそばの石とせり合い、ますます押せばますますせり合い、どうしても抜ける様子はなかった。さては、ここのところを秘密の出口と思ったは、全くの空だのみだったのか。

 これというのも、結果としては押すのに従って、石が傾くからで、傾かないようにまっすぐに押し抜けば、そばの石に触らずにそのまま抜けるに違いない。手を入れるほどの穴があるのは、すなわちその石が傾かないように手で支えるためかもしれないと、私は再びその手で石が傾かないように押さえながら、押してみると、果たせるかな、するすると外に抜け、そうすると、その右と左にあった二つの石も簡単にはずすことができ、後には大柩の出し入れができるほどの穴があいた。

 私が穴からおどりだすようにして、外に飛び出すと、第一に頬をなでたのは吹きなじみの海の風だった。吸い込みながら辺りを見ると草木が深く閉ざした所で、ちょうど墓倉の後ろに当たっていた。草木をかき分けて更にまた一歩出ると、ナポリ湾は目の下に横たわり、海を離れて登る朝日は私を迎えるもののようであり、湾に寄せ来るさざ波は笑みくずれた笑顔に似ていた。

 読者よ、私は自由だ。自由の身だ。私は手を打って踊り、声を出して叫んだ。この時のうれしさは世に比べられるものがあるだろうか。ああ、自由、自由、生きてこの世に帰るのも自由、我妻、ナイナの顔を見るのも自由。喜んで抱きつくその細い手をいつまでもはねのけずに、置くのも自由、これを思えば人生第一のうれしさは死んで棺の中で生き返り、墓場を破って再びこの世界に生き返ったときにある。嘘と思うなら死んで見よ、読者よ、一度死んだ経験のある人でなければ、このうれしさは話しても分からない。

 清い空気はどんなに有り難いことか、照る日の光はどれほど人の気を引きたてるものか。広い青空はどれほど晴れ晴れしいか。死んだことのない人間にはとうてい分からないことだ。
 これというのも、結局は海賊王カルメロネリの賜だ。彼は今、警察の手に追いつめられ、パレルモに潜伏し、彼の身に関する秘密は警察署では幾万の金ででも買い取るほどだけれども、私は全く彼のために助かったようなもの。

 彼がこの墓倉に秘密の穴を開いて置いたからこそ、この世に出ることができたのだ。彼の宝蔵の大秘密は決して警察になど知らせてはならない。彼は私の恩人、しかも私の命の親だ。
 私はこのように思うので、再び穴の中に入り、宝物をもとの大柩に納めて、再び外に出てきたが、この時は午前8時少し前だった。推察するに私が死んだのは昨日のことで、今日は8月16日のはずだ。

 私は昨日の昼過ぎからおよそ20時間ほど穴の中に居たようだ。外に出て再びあの石を取り、穴をふさいだが、石と思ったのは石ではなくて、木を切ったもので、石と同じ色に作った上、草むらの中だったので誰もここに秘密の出入り口が有るとは知るはずはない。
 私はこれだけの仕事を終わって、立ち去りながら、考えてみたが、この前のこともこの後のこともすべて夢のように浮かんできた。

 先刻までは他日と言うことさえない身だったが、今は少なくても50、60まではナイナと一緒に生き延びるのに決まっている身だ。ナイナの手を取りナイナの腰を抱き、共に共にうれし涙にくれるのも今夜だ。可愛い星子を膝の上に抱き上げるのも今夜だ。親友ギドウと手を握り、墓から出た喜びを語りあうのも今夜だ。ああ、今夜、今夜、今夜こそは天にも昇る心地になるだろうと、一歩一歩にその楽しみを想像するが、悲しいことに読者よ、私はわずか一晩の間に私の姿がどれほど変わり果てたのか気がつかなかった。

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