巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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活地獄(いきじごく)(一名大金の争ひ)(扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2018.5.2


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      活地獄(一名大金の争ひ) ボア・ゴベイ作  黒岩涙香 訳

     第二回 袋に詰められた老白狐  

 柳條は更に町川に囁き問う様に、
 「全体その老白狐と云うのは何の様な男だろう。」
 町「何うも非常に悪賢くて、煮ても焼いても食えない奴だ。」
 柳「それを何のようにして捕らえたのか。」
 町「捕らえるには、夫々(それぞれ)手配りが附いて居るのさ。我党の規則として、捕らえた奴には直ぐに猿轡(さるぐつわ)を食ませ、大きな帆布(ざっく)の袋に入れ、品物の様にして担(かつ)いで来るのだ。」

 柳「それは益々乱暴だ。僕は党員ながらも、今まで此様な事は聞いたこともない。」
と云う中に彼の老白狐を捕らえた一群れは、穴の傍に遣って来たので、町川は進み出でて、その一人に向かい、
 「旨(うま)く行ったか。」
 (一人)「それはもう、俺の手際だ。コレ此袋を見ろ。」
と云う。

 柳條は気も進まなかったが、初めての事と云い、不審の心に引かされて、その傍まで行って見ると、成る程一人の者、非常に大きな帆布(ずっく)の袋を担いでいる。中には老白狐が苦しさに耐えられないかの様に、手足を延べ張り、身を揉掻(もが)くと見え、袋の表は波打つ様に動いていた。

 町川は一同を促して、
 「サアサア大首領を初め、党員残らず既に穴の奥で待って居る。直ぐに入り給え。」
と云うと、一同は心得て互いに袋を持ち上げながら、ドヤドヤと入って行った。柳條はその数を算(数)えると、都合五人である。五人が入って行った後に、町川は柳條に向かい、

 「サア吾々も入るのだ。中は暗いから僕に捉(つか)まって来るが好い。」
 柳條は言葉に従い、町川の着物の端を捕らえた儘(まま)、穴の中へと進んで行くと、その暗い事は何と言ったら良いか分からない程で、時々我が顔に突き当たる者があるのは、闇を飛び来(か)う蝙蝠の類に違いない。

 初めは穴の道が非常に狭く、殆ど頭の支(つか)える所もあるが、既に百歩(ひゃくあし)ほど歩むに従い、次第に広がった者と見え、我が踏む足音が四方に響き渡り、その物凄さは譬(たと)えようもない。進み進んで非常に奥まった所に達すると、向こうの方に松明の光が見える。町川は柳條に振り向いて、

 「サア彼所(あすこ)が会議所で、アノ通り会員が集まっている。」
 柳「成る程、此の穴は広い者だ。入口とは大違いだ。若し上から土が崩れて来れば我々は埋まるのだネ。」
 町「爾(そう)サ、崩(くず)れたら一同が生埋めになるのさ。けれど崩(くず)れない為に、所々へ柱の様に土を掘り残してある。昔は幾度も崩れた事があったので、その度に五十人百人と人足が死んで仕舞った。それだから後には用心して土の柱を残す事になった。」

 柳「道理で幾個も土柱が見える様だ。」
 町「吾々が探偵を生埋めにするのは、何時も此の土柱だ。土柱の中程へ穴を明け、それへその男を押し入れて、その跡を土で潰(つぶ)すのだ。」
と語らいながら歩むうち、二人は会議場の中ほどに着いた。

 柳條は初めての事なので、宛(さ)ながら夢を見る心地がして、四辺(あたり)をキョロキョロ見廻すと、中央に太やかなる切石があり、その上に立ち、仮面を冠(かぶ)っている一人は、彼の大首領に違いない。総員凡そ二十余人、或いは松明を持ち、或いは土を掘る尖鍬(とぐわ)を持ち、環状(ぐるり)と大首領の周囲(まわり)に立っている。

 党員は皆一廉(ひとかど)の紳士と見受けられ、多くは社交界に流行している被物(きもの)を被(き)こなして居るが、孰(いず)れの顔にも、充分な決心が現われているのは、何となく恐ろしいことだ。頓(やが)て捕り手の一人は、彼の帆布(ずっく)の袋を大首領の前に置き、無言の儘(まま)に退けば、大首領は仮面(めん)の中から、非常に満足そうにその眼ばかりを光らせて、一同を見廻しながら、深く厳かに響く声を発して、

 「兄弟諸君、諸君をお招き申したのは、此の袋の中に居る、我党の謀反人を罰する為です。此者は我党の大事を警察へ密告しようと計りました。」
 一同は無言で打聞くだけ。
 首「諸君よ、如何なる罰に此の者を当てましょう。」
 一同は声を揃えて、
 「死刑死刑」
と叫んだ。

 主「何の様な死刑ですか。」
 一同「生き埋め、生き埋め。」
 主「宜しい、一同の同意を以て此の者を生埋めに致しましょう。サア尖鍬(とぐわ)を持つ諸君は、その用意に着手されよ。」
 声に応じて四人の若者、早や尖鍬を手にして進み出でた。此時袋の中の老白狐は、我が死際の来たのを知り、何とかして逃れようととする様に、袋の面(おもて)が波立つまで悶(あせ)り揉(もが)いたが、その甲斐なし。首領は又も声を掛け、

 「イヤ今暫くお待ちなさい。一応此の者を捕らえた其の手続きを問いますから。」
と云うと、捕手の一人長谷川と云う者が進み出て、
 「それは私が申します。大首領の仰せに従い。同類四人を引き連れて彼の曲者の隠れ家、湖南街十三番地へ行きまして、同類二人を表門と裏門に見張らせ、残る二人を引き連れその家に踏み込みますと、奥の一間で曲者は卓子(テーブル)に向かい、手紙を認めて居りました。その顔は見えませんが後ろ姿は兼ねて大主領に聞いた人相に違いません。」

 主「痩せてスラリとした身体で髪の毛が黒かったか。」
 長谷川「ハイその通りです。依って直ぐ様背後(うしろ)から飛び掛かり、抑伏(おっぷせ)て袋に入れました。
 主「何か言葉は発しなかったか。」

 長谷川「直ぐに猿轡を食(は)ませましたから、何も云う暇はありません。最も飛び掛かる時ランプが消えましたが、袋に入れた後で燈(あか)りを点(つ)けて卓子(テーブル)の上を検めると、二丁の短銃(ピストル)と書き掛けの手紙がありましたゆえ、その品々を参考の為め持って来ました。」
と言って衣嚢(かくし)を探って大主領に差出した。大主領は先ず二挺の短銃を検めて我が衣嚢(かくし)に納め、次に書き掛けの手紙を読んで、

 「もう是で疑いはありません。此の手紙は即ち警察の長官に宛て、我々を密告しようとして認め掛けた者であります。その文句にーーー失礼ながら手紙にて申し上げーーーとあります。是だけで充分明瞭です。我が党の捕り手が、今十分間遅れたならば、此の手紙は必ず長官の手許へ届く所でした。」
と云うと、一同は今更の如く曲者の憎さを怒り、
 「殺して仕舞え殺して仕舞え。」
と繰り返して叫んだ。

 大主領は一同を制して、
 「固(もと)より殺して仕舞います。既に生き埋めと極まったからは、一同の同意を以て生き埋めに致します。併しその前に更に諸君に申す事は、今や我が仏国も運拙くして敵に破られ、明日は必ず英、独二国の聯合(れんごう)兵が此の巴里(パリ)へ押し入って、再びブルボン家の天子を立てます。

 爾(そ)う致せば、吾々は益々厳しく探偵され、当分運動も出来ませんので、今夜限り暫時此の党を解き、吾々の形を隠しましょう。他日好時期を得れば、直ぐに又回状を出しますから、此の時は今と同一の熱心を以て集まって呉れることを願います。それまでは諸君銘々に働かれよ。吾々の奉ずる金言は、『自由の為に戦え、自由の敵を殺せ。』と云う此の短い一句です。

 我が党は解散しても、此の金言は諸君の胸に印してあります。諸君、此の党解散の後までも、此の金言を服膺(ふくよう)《心に留めて忘れない事》し、銘々個々に自由の為に闘う事を願います。諸君よ、国王は自由の敵です。貴族は自由の敵です。英兵も独兵も之に従う一切の佞人(ねいじん)《口先がうまくて心の正しく無い人》も皆自由の大敵です。

 諸君は機会のある度に銘々の力を以て、一人でも多く此の敵と闘い、一人でも多く此の敵を殺すに於いては、天下は遠からず自由の天下となりましょう。諸君は今後容赦もなく会釈もなく此の敵を亡(滅)ぼす事をお誓いなさい。神明に向かってお誓いなさい。」
と非常に恐ろしい演説を終ると、一同声を揃いて誓いの言葉を発しようとする其の中に、唯一人先程から苦々しい顔附きで此の演説を聞いて居た者があり、演説の終わると共に大主領の前に進み出でた。

 一同は驚いて誰かと見ると、此の若紳士は柳條である。アア柳條は何が不平で大主領の前に出でたのだろう。



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