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活地獄(いきじごく)  (扶桑堂 発行より)(転載禁止)

ボア・ゴベイ 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

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   活地獄(一名大金の争ひ)    黒岩涙香 訳

   第四十四回 柳條の逮捕 

  今井兼女の姪お梅が、もし彼の遺言書を持ったまま島村槇四郎の事務所である湖南街十三番地に尋ねて行きはしなかったかとの、柳條の疑いもさる事ながら、柳條も町川も此の疑いを考える時間がない間に、入口の戸を叩く秘密党員の合図を聞いたので、町川は突(つ)と立って、

 「悪い所へ党員が遣って来た。」
と云いながら徐(そっ)とその戸を開くと、入って来たのは何者かと思えば、何と銀行頭取上田栄三であった。柳條の驚きは並大抵では無く、
 「ヤヤ貴方が。」
と云ったのみ。続くべき言葉も出ない。

 町川も同じく迫込(せきこ)み、
 「オオ君か上田君か、僕の帰った事を知って来たのではないだろうネ。」
 栄三は強いて我が騒ぐ心を制しながら、
 「何うか帰って居れば好いがと思って来た。」
と云い終って、更に又柳條に向かい、
 「お前は未だ此所に居たのか。」

 柳「イヤ約束の通り転居する積りで家を探しに行きましたが、実に不思議千万な事件が起こり、ここへ帰って来た所です。」
と言って、是から今までに有った次第を語ろうとするのを、町川これを推し留めて、
「イヤその話は後にしたまえ、上田君何か急ぎの様子だから、先ず上田君の用事を聞こう。」

 栄三は町川と柳條を七分三分に見詰めながら、
 「外でもない、我々の命が危うくなった。我が秘密党を密告した奴があるので。」
 我が秘密党とは合点が行かず、
 柳「エ、秘密党」
 栄「イヤ怪しむのは最もだが、実は私も秘密党だ。お前も町川と同じ党員だ。」

 柳條は余りの事に、
 「でも貴方はーーー、でも今まで秘密党の寄合などで、お顔を見た事もありませんが。」
 栄「今までは成るべく自ら隠して居た。こうなれバ隠すべき場合ではない。町川も柳條君も共に私の言う所を聞きたまえ。」

 二人は斎(等)しく耳を澄まして栄三の前に進んだ。
 栄「実に驚くじゃないか。老白狐が未だ生きて居るぜ。」
 柳條も町川も声を揃えて、
 「ナニ老白狐が」
と問い掛ける。

 栄「そうさ、我々が既に国事探偵と見破って、穴の中へ活き埋めにした、アノ憎むべき老白狐が。」
 町川は目を見張り、
 「ナニその様な事がある者か。一旦活き埋めにした者が、何うして生きて居る者か。」

 栄「イヤ確かに生きて居るよ。私が確かにその顔を認めたから。」
 町「それは何時何所で、何うして。」
 栄「ナニ唯った今の事で、用事があって他出して我が家へ帰る道で、彼に逢ったから直ぐに引き返してここへ来たのだ。」
 町「では彼は何をして居た。」
 栄「大型の辻馬車から降りて、頻りにその御者に何か問うて居た。」

 大型の辻馬車と聞き柳條は忽ち心に疑いを起こし、
 「貴方は若しやその馬車の番号を覚えては居ませんか。」
 栄「それを忘れて成る者か、六十六号と書いてあった。」
 柳條は愈々(いよいよ)顔の色を失い、
 「それだ、それだ。町川君、今の馬車だぜ。」
 町「成る程、今の馬車も六十六号であった。上田君、全体その老白狐ハ何の様な風の男だ。」
 
 栄「私が先に見た時とは全く姿を変えて居たが、何の様に変えたとて私を欺く事は出来ない。背がスラリと高くて黒い八字髯を附け白い上着に黄色な胴服(チョッキ)で。」
 町川は飛び上がり、
 「是は不思議、それだそれだ。」

 栄「それだとは何がそれだ。」
 町「僕と一緒にペリゴーへ行き、今又柳條と一緒に馬車に載って来た国事探偵鳥村槇四郎だ。」
  栄三はこう聞いては、争(いかで)か驚かざるを得ん。
  「エ、君の最初の手紙に在った、自称士官梶田とか云う男か。」
 町「そうサ、其奴が全く前から話していた柳條の従兄鳥村で、その鳥村が即ち探偵の老白狐だ。六十六号の馬車から降りたと云へば最う疑う所はない。彼は今、六十六号の馬車に乗り、此の家の前で僕と柳條に分れたから。是で老白狐と鳥村槇四郎とが同人なる事が全く分かった。柳條はやがて又、

 「而(して)見ると彼は確かに僕を牢に入れる積りだ。それでその御者に聞いていたのだ。生憎とアノ馭者が、僕が独逸士官を殺したと云う罪に落とそうとするかも知れない。」
 栄「孰(いず)れにしろ、お前は直ぐに逃げるが好い。」
 町「そうだ、もう此の家には一刻も居られないヨ。鳥村が知って居るから。」

 しかしながら柳條は敢えて逃げようともせず、深く考えに沈む様子であったが、忽(たちま)ち顔に疑いの色を浮かべて、
 「サア大変だ、愈々(いよいよ)大変な事をした。果たして老白狐が活きて居ると分かれバ、アノ夜我々が老白狐と間違って生き埋めにしたのは人違いだ。吾々は全く罪の無い者を殺したのだ。」

 道理ある此の一言には、栄三も町川も愕然として震い上がった。」
 柳「ソレ見た事か。袋のままで顔も見ずに埋めるのは、卑怯千万な仕打ちで、男子のする事でないと僕が言ったのに、アノ大首領が聞かないからーーー。エエ我党の首領は実に汚らわしい奴ぢゃなア。彼(あ)の様な卑怯千万な人殺しを仕て。
 言い開きもせず、間違って殺された、憐れむべき彼の者は誰だろう。定めし我々を恨んで居る事だろうが。」
と我を忘れて罵(ののし)り出すと、栄三は之を聞くのに耐えられないのか、決然と起(た)って柳條の前に立ち、

 「その大首領とはこう申す上田栄三だ。此の栄三が秘密党の大首領だ。」
 柳條は宛(あたか)も頭上から冷や水を浴びせられた様に身を震(ふる)わせ、
 「エエエ、貴方が」

 栄「そうだ。如何にも私だ。きっと私を卑怯とも汚らわしいとも思うだろう。私も全く老白狐と思った者が、今更人違いと分かっては何の言い訳も無いに依って、今までお前と結んだ約束は是切りで一切取り消そう。私の様な汚らわしい男と交わったのが不運と断念(諦)め、是から全く無関係の人となるが好い。柳條は赤かった顔の色を、忽ち青くして、栄三の前に鰭伏(ひれふ)し、

 「今までの無礼は私が悪かった。何うぞ何うぞ許して下され。」
と云う。町川も知らない顔する時では無いと、
 「何だ詰まらない事で彼是云う時では無い。互いに一つの目的の為一つの敵を引き受けて一緒に戦う身ではないか。」
と云うと、栄三も柳條も忽ち心解け、今までに例も無いほど固く手と手を握り合ったが、是こそ二人をして、今までよりも猶一層親しくさせる繋綱(きずな)とも云うふべきことになった。

 栄三は稍々(やや)あって、四辺(あたり)を見廻し。
 「この様に云って居る中にも油断がならない。柳條君は早く立ち去らなければと云って、併し行く先が未だ決まらないだろうと云う言葉が未だ終わらないうち、案内も乞わず突々(つかつか)と入って来る二人の巡査、柳條の傍へ進み、

 「貴方が柳條健児ですか。独逸士官を殺した嫌疑に依り拘引します。」
とそのまま柳條を引き立てて去った。扨(さて)は全く柳條の推量通り、彼の老白狐槇四郎が、先の馭者から聞き出し、柳條を捕縛させたか。町川と上田とは余りの失望に物をも言わず、唯顔を見合わせるだけだった。

 アア柳條が牢に下されては、彼の大金は終に槇四郎の手に落ちるだろう。今までの争いは槇四郎の勝ちとなるだろう、嗚呼。


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