巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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    第百二十三回 悪弊を正すのが我が務め

 毛髪が逆立つとは他でも無い。余が当地に来てから一月ほどを経て、蛇祭りとも称する事が出来る一種の祭典を王宮で行った。彼の禁厭師(まじないし)等は蛇を以て一種の神体であると為し、常に箱の中に蛇を蟠(わだからま)《とぐろをまく》せ、之を礼拝する習慣として、一年に一度は蛇神の怒りを宥(なだ)めると称し、無惨な活劇を演ずるとの事である。

 余は詳しく記す事は出来ないが、之が為に人命を損する事が幾百になるか知らない。先ず各地方で籤(くじ)を引いて血祭に供せられる人を定め、それを捕縛して王宮へ引き連れて来る者にして、余が見た時は、この様にして引いて来られた者は、三百人以上であった。

 祭典の場は王宮から三里《12Km》ほど離れた野原に設け、禁厭師が之を司どり、一方に壇を設けて壇の上に蛇体を安置し、その前で国中の人をして、彼の憐れむべき当籤人を一人づつ殺させるのだ。殺すには武器を用いる事を許さず、唯だ素手のままで或いは爪、或いは歯、或いは拳を以てする定めなので、想像も及ばない嬲(なぶり)り殺しである。

 無数の力を以て一人に加えるとは言え、武器が無い為め、その進みは甚だ遅く、大抵はその身体の肉を抓剝(はぎさ)き、噛み取り、完膚無き迄に傷付けてのち、更に追い廻し、最後に地上に蹂躙(ふみにじ)り、圧潰(おしつぶ)して終わる者なので、三百余人を殺すには一週間を費やした。

 一人を殺す毎に歓呼の声は満場に沸き起こり、その恐ろしいことと云ったら言い様も無く、祭典の終わった跡は全く血の池と為った。
 この様な有様なのでその他の残酷な習慣は記す迄も無い。
余はせめて是等の最も著しい習慣だけでも廃止させなければ、此の地に入り込んだ甲斐は無いと、その後は幾度も説教してその非を諭すと、女王も僅かに仁心の一端を解し得た様で、来年からは蛇祭りだけは廃止しようと言う事になった。

 余は此の後は益々我が徳望を高くし、一言一行蛮人等の尊敬を受けるに至れば、更に善を以て様々の悪習を改めさせる事が出来ると信ずる。
 余は之を以て我が天職だと思って居る。余が今日の境遇は、悲しむべしとは雖も、余は之を以て我が天職とし、職に斃(たおれ)る外は無いのだ。

 この様な次第なので、余は到底助かるべき道は無い。諸君は又到底此の国へ入り込む事は出来ない。入り込むのは死ぬ事だ。諸君は唯だ余を他界の人だと思い、最早や救うに道無しと断念せられよ。余の言う所に一点の偽りは無い。

 男爵の手紙は之で終わった。平洲も茂林も読み終わって黙然とし、暫しは何の言葉をも発する事が出来なかった。寺森医師は催促の語調で、
 「サア君方は何うする考えだ。」
 茂林は漸(ようや)くや顔を挙げ、
 「何うも今更ら致し方が無い。どれ程の危険でも、進んでその国に入り込む丈さ。」

 寺森は青い顔で、
 「入り込めば鏖殺(みなごろ)しと為る一方だぜ。君は芽蘭男爵の手紙に偽りが有ると思うか。」
 平洲も初めて思案を決する事が出来た様に頭を上げ、
 「イヤ男爵の手紙に一句たりとも偽りが有るとは思われない。黒天女の国は世界に類の無い凶暴な国に違い無い。

 しかし男爵は未だ吾々の力を知らないのだ。吾々は普通の遠征隊とは違い、此の土地から以北で、第一等の強兵と云われる魔雲坐王を引き連れて居るのだよ。」
 茂林も賛成の様子で、
 「そうだ、今までは何うかして魔雲坐を追い返し度いと思ったが、こうなって見れば、彼れが一緒に来たのが我々の仕合わせだ。彼れを引き連れ、遊林台へ侵入して、その結果が何うなるかだ。

 たとえ打ち勝って男爵を救い得た所で、吾々と魔雲坐との間は何うなるか。それも心配ではあるが兎に角彼れが有るから、吾々は男爵が想像するより強いのだ。」
 「そうサ、取り分け彼の兵は、過日来文明流の訓練を経、一号令の下に進退する有様と為ったから、初めの国を出る頃に比べれば、三倍も強く成って居る。

 その上吾々は、名澤の兵と此の度び門鳩(モンパト)兵中から選り抜いた兵を合わせ、百五十名だけは文明の銃器を持った兵を引き連れて居る。美人軍が如何ほど強くても、無措無措(むざむざ)と負けは仕まい。何でも運を天に任せ進む所まで進むだけだ。」

と、死を決っした様な言葉をを吐くのは、全く芽蘭男爵が現われた為め、両人とも此の世の望みが絶え果てた様に感じ、命を何とも思わなくなった者と知られる。実に二人の身にとっては、無事に男爵を得て本国へ帰っても面白くは無い。美人軍の強いのを恐れ、その境にも入らずに帰って行けば、猶更ら世界の物笑いなので、死地を目掛けて猛進する外、選ぶべき道さえも無いのだ。



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