巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

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人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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      第百四十一回 芽蘭夫人を追って来た鳥尾医学士

 鳥尾医学士と本目紳士は、カメロン大尉が行ったと云う太子(アルバート)湖の方を目指し、残日坡(ザンジバル)から北を向いて出発したが、此の邊の地理は既に幾多の探検家が世に報告した所で、鳥尾医学士も本国に在る時、毎日の様に地図などを調べたので、殆ど専門家ほど良く知って居る。

 此処に先ずその地理の大略を記すと、太子(アルバート)湖の北端である遙青山の南麓まで、直径に見積もって凡そ七百哩(マイル)《約1、296Km》程である。此の七百哩程の間に四個の大きな地方がある。

 第一は東の海岸から「ウサガラ」と云う山に達する迄で、一百哩《185Km》許(ばか)りの区域である。此の地方はアフリカ全洲の中で最も草木の繁茂成長した所で、草にして一丈《3m》以上の長さに達するものも多い。

 次の地方は「ウサガラ」山から「ウゴゴ」と云う所までの間で、之を「ウサガラ」地方と称し、又次は「ウゴゴ」地方で「カゼー」と云う部落まで二百哩《370Km》ほどの間である。最期を「月の国」と云い、即ち女王(ビクトリア)湖の沿岸から遙青山の南麓迄を総称す。

 之を通って遙青山を越えれば、芽蘭(ゲラン)夫人の一行が戦いつつ有る女護の国に達する譯であるが、未だ誰一人遙青山を越えた者は無く、鳥尾と本目は即ち之を越えようとする者である。

 いよいよ両人は五月十五日を以て残日坡(ザンジバル)を発し、急げる丈け行を急いで、「ウサガラ」山をも無事に越え、「ウゴゴ」地方がまさに尽きようとする所に至り、ここで漸(ようや)くカメロン大尉の一行に追い付く事が出来た。

 之から共々に「月の国」まで入り込んだのは、九月の中旬だった。即ち三ケ月間に六百哩《1,111Km》を歩む事が出来た。困難多いアフリカ内地の旅としては驚くべき程の早さである。

「月の国」の首府は上に記した「カゼー」で、暴虐を以て名の高い霧鐵左(ムテッサ)と云う王の住む所である。此の国に入り込んだ探険家は、皆無鐵王(ムテッサ)の事を記している。中でも士瑟克(スピーク)、伯耳奔(ベルホンド)、沙輪(シェーロン)、士丹霊(スタンレー)などは非常に詳しく記したので、ここに重ねて説く必要は無いだろう。

 一行は此の王に引き留められる事三ケ月の長きに及んで、十二月の初めに漸く出発の許しを得たが、カメロン大尉は鳥尾、本目の両人に向かい、
 「余は残日坡(ザンジバル)を立つ時、特にフランスの領事から芽蘭夫人の事を託せられたが、君等両人が特に芽蘭夫人の為に旅行すると有らば、最早や余の行く必要は無い。
 余の旅行の目的は、三年の月日を以て此のアフリカを、西の方大西洋の沿岸まで横断する事に在るので、余は是から君等に分かれ、西に向かって出発する。」
と云う。

 素より否を唱(と)なえるべき事では無いので、二人は唯だ此の大陸を東岸から西岸まで、三年の辛苦を以て横断しようとするその計画の大にして、その心の勇ましさに感じ、それではと言って分かれを告げた。(此の後此の大尉がアフリカの中心で熱病の為死んだ事は、全世界に報告せられた事実である。)

 大尉の様な大胆な道連れに分かれた事は、片腕を失った心地がするが、最初から大尉を当てとしての旅では無いので、二人は怯(ひる)まずに北進し、十五日にして初めて太子(アルバート)湖の岸に出て、之から又進んで、翌千八百七十四年二月の初めに、太子(アルバート)湖の一隅であるマダンゴと云う所に達っした。

 此の所までは、曾てベーカー将軍(前に出た)が来た事があるが、ここから先へは入り込んだヨーロッパ人は無い。鳥尾医学士と本目紳士は、愈々(いよいよ)文明国人が曾(かつ)て踏んだ事の無い地を踏むかと思うと、何と無く物凄い中にも心が勇み、暑さの中で身の震えるのを覚えたが、是から遙青山へ攀登(よじのぼ)るのは、船で太子(アルバート)湖を渡らなければならない。

 東へ迂回する道は有るに違いないと思われるが、東の麓は見渡す限り絶壁にして攀(よ)じ登る事が出来様とは思われない。引き連れた案内者も東には道は無いと云うので、仕方無く沿岸を探り探って、原住民から五艘の粗末な漁船を借り、荷物人足をも積み入れて、湖上に浮かぶ事一日にして、辛くも向こう岸に達する事が出来た。

 岸に上って一夜を明かし、先ず山勢を眺めると、東の絶壁には幾筋もの瀧があって、其の音が答々(とうとう)と谷に響いて居た。ベーカー将軍がマアチソンの瀧(前に出た)と名付けたのは是に違いない。西の方は麓が益々斜め延びて、巨岩怪石などは無く、険しい所も縄梯子さえ有れば木の根、岩の角に掛けて攀(よ)ぢ登る事が出来そうだと思われるので、用意してあった縄を結び、梯子の様な者を作り。外の荷物と共に人足に持たせて進み行くと、何しろアフリカで一、二と云われる高山なので、所々に困難な場所も無いことは無かった。

 三日目には湖面を抜くこと二千米(メートル)の高さに達し、初めて一段の平地に出たので、是で険阻は終わったと限り無く喜び、此の後は宛も航海者の様に磁針を頼りにして進んで行ったが、幸いにして山の最も低い部分を越えて来たと見え、平地が尽きると共に降り坂と為り、再び登らなければならない峰も無い。

 坂の頭に立って前面を望み見ると、何所の国かは分からないが、殆ど眼下に横たわって海の様に広がっていた。所々に小山の有るのは、海中の島にも似ている。両人は各々望遠鏡を取り出して望むと、小山の中の一ケ所に、黒い者が蟻の様に集って居るのが見えた。鳥尾は怪しんで、

 「本目君、アノ蟻の行列の様に見えるのは人だろうか。」
と問うと、
 「サア僕も怪しんで見て居るが、若しや野蛮人等が戦争でもしていて、蟻の様なのは兵では有るまいか。」
と答えた。

 「さては野蛮国王が、隣国へでも兵を繰り出して居るのかも知れん。」
 「事に由ると我々は、アノ軍中に落ち、捕らわれるか知れ無いゼ。」
 「捕らわれても仕方が無い。外に進む道は無く、だからと言って引き返す事も出来ないから。」
と、互いに他を威す様に云ったが、自ら恐れを抱いて居る譯では無い。

 野蛮の戦争を見物するのも、又一興と思ったが、此の蟻の様に見える者こそ、輪陀女王が魔雲坐及び平洲、茂林等の一行に対し、全国から呼び集めた大兵であるとは、後に至って知った事だ。

※注;文中にカメロン大尉がアフリカで熱病で死んだと有るが、実際はイギリスで死んだ。



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