巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou21

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

since 2020.5. 2


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      第二十一回 フランス領事に救いを求める芽蘭夫人 

 茂林医学士は砂漠の中へ驀地(まっしぐら)に馳(は)せ入って、その姿が見えなくなるや、通訳亜利は茂林の言付けを堅く守り、直ぐにこの事変を芽蘭(ゲラン)夫人初め一同に知らせる為め、港の方を指して馳せ帰えろうとすると、茂林に馬を取られた彼の一人のベドイン人は、今この亜利を見失っては、我が馬を返して貰うためのつてまで失ってしまう訳なので、周章(あわて)て亜利の後を追って来て、頻(しき)りに茂林が何者であるかを問うた。

 亜利は又事に由っては、後刻茂林を援ける為め、砂漠の中へ追って入るのに、この者を案内者に立てるかも知れないと思ったので、情無(すげな)くは遇(あしら)わず、茂林の人柄を褒めたたえて説き、彼の人は仏国(フランス)では有名な金満家で、その上この土地の政庁にも厚く尊ばれる身分だから、無事に砂漠から帰ったなら馬の一頭や二頭、物の数とも思って居ない。必ずそなたに約束の褒美を取らせるに違いないと云うと、ベドイン人は漸く安心した様子で、益々亜利の後に就(つ)いて来た。

 亜利は波止場にこの者を残して置き、船に乗船して一同に、與助及び茂林の一条を言葉短く物語ると、一同は色を失って驚き起(た)ち、それは早速に追い掛けて救わなければならないと、異口同音に叫んだが、だからと言って、慢々たる砂漠の中を、何所へ行ったかも知れないのに、如何にして救ったら好いか、到底見込みが無い話なので、一同叫んだまま唯顔を見合わすうち、芽蘭夫人はゆっくりと手提げの中を検めて、

 「アア仏国(フランス)からこの土地へ駐在を命ぜられて居る領事に宛てた一通の紹介状が、この中に入って居ます。兎に角領事館へ行き、領事に相談してみましょう。」
と云う。誰が異存を唱うことが出来ようか。外に試案のしようが無い場合だから、早速その言葉に従い、一同で又も上陸し、領事館に行くと、領事も永く異郷に有って、故郷の人を懐かしく思う分、歓んで迎えてくれたので、一同は挨拶も匇々(そこそこ)に、茂林と與助とが、悲しむべき境涯に陥ってしまった事を述べ、之を救ってくれる事を請うと、領事は非常に驚くと共に、又非常に困った様な顔色を現わし、

 「それは領事の力では到底出来ない事柄です。若しその人が殺されたと分かれば、その次第を本国政府へ報告し、本国政府が損害賠償の審判を開くその材料を送る丈は、領事の職掌で有りますけれど、それより外は如何ともする事が出来ません。

 それにこの領事館は私及び妻の外に書記一人で、下僕は孰(いず)れも、この国で雇った者等で、大事を任せることは出来ません。私が何と思っても到底力には及びません。」
と明かに断った。

 一同が一方では恨み、一方では絶望する色を見て、領事は更に調子を変へ、
 「併し是は領事として申す言葉、私一個人とすれば、お互いに同国人ですから、及ぶ丈は力は尽くします。」
とは言っても、この館に兵隊を備えて有るでは無し、何事も貴方かたの努力に任せる一方ですが、この様な場合には御婦人は足手纏(まと)いで、芽蘭夫人と帆浦女とやらは此の館にお留まり成さい。私が充分保護致します。

 そうして平洲、寺森の両君は、早速船へ返り、水夫の中で最も信用の出来る、屈強の男を三人雇ってお出で成さい。幸いこの辺へ来る水夫は、誰でも馬に乗る事を心得て居るから仕合わせです。その三人に通訳二人を合わせ、都合五人を兵士と見做し、平洲、寺森の両君が之を引き連れ、茂林君の跡を追って行く事と成さい。

 この通訳二人は、屡(しばし)ば遠征隊に随って此の土地へも来た事の有る男で、この様な場合に充分安心して使って好い事は私が保証します。唯だ困るのは砂漠の道案内で、彼等が何方へ行ったのか、それだけは分からないですけれど、駱駝に荷を着けて居たならば、途中で外の種族に奪われる恐れが有るから、決してメッカ府や、メジナなどの方へは行かず、必ず人通りの最も少ない方角を選び、山の方へ向かったでしょう。

 一人のベドイン人が残って居るなら幸いいですから、其の者を案内に立て、一刻も移さず駿馬に乗って追い掛ければ、ことに由ると彼等の先に廻る事が出来るかも知れません。亜拉比(アラビア)人の馬と云う中でも、特にこの土地の馬は実に世界一で、飲まず食わずに乗り通しても、殆ど疲れると云う事を知りません。

 私の厩(うまや)にも二頭居ますから、その外は貴方がたが船から水夫を連れて来る迄に、私が借り集めて置きましょう。又貴方がたはアフリカ探険との事ならば、銃器は充分お持ちでしょうから、同勢七人、皆最上の鉄炮を携えて行かなければ成りません。」

と、事落ちも無く指図して呉れたので、初め恨もうとした一同も、ここに至って深くその親切を謝し、婦人二人を領事館に留めて置き、飛ぶが如くに船に帰り、水夫の中から三人を選び出し、之を引き連れて再び戻って来ると、約束の通り領事の手で、馬の用意も調(ととの)って有ったので、一同之に飛び乗りながら、彼のベドイン人一人と、通訳亜利とを案内に立て、砂漠を指して進んだのは、早や日が暮れて薄暗い頃であった。



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