巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou66

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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        第六十六回 醜いものを愛でる風俗

 猿の群れに苦しめられた帆浦女の此の記事には、平洲、茂林、寺森の三人とも殆ど腹を抱えて笑い、この頃何事をか考えて、沈み勝な芽蘭夫人までも、殆ど可笑(おか)しさを我慢する事が出来なかった。しかしながら帆浦女が無事に現れ来た事は、何よりの幸いなので、此の翌日から又旅行を急いで、六月の末方には「ガイヤ」「コーロンゴ」などと云う所を過ぎて、愈々(いよいよ)ボンゴー地方へ入り込んだ。

 ボンゴーは未だ象牙商人が多く入り込む所なので、別に恐れる所では無いが、此の次の「ニヤム、ニヤム」と云う土地からは、即ち人喰い人種の土地で、其の「ニヤム、ニヤム」を過ぎて、更にその次のモンバト地方に行くのが此の一行の予定した道筋である。

 既にボンゴー地方からして、風俗の異なることは、真に人間以外の世界に入り込んだ思いがある。土地の人は折々象牙商人を見るのに慣れて、多くは白人を怪しまないが、初めて此の土地に入る白人は驚かない訳には行かない。

 熱帯の地方ということで、身に衣類を纏(まと)って居ないことは、普通の事ではあるが、此の土地は男女とも真の全裸であって、腰の辺りにすら何の蔽(おお)いをも施して居ない。それに其の食物などは鷲の類と同じく、臭気鼻を衝く様な腐った獣肉を貪り喰って、其の腐っていることを知らない。

 人類の肉をこそ食ってはいないが、凡そ生ある者は何たりとも捕らえて喰い、毛虫、芋虫の様なものをまで日常の食品と心得ている有様である。
 この様な風俗から、見るに忍びない事柄も多いので、成る丈け早く通り抜けようなどと相談をしたが、或日一部落の酋長が、此の一行へ使いを送って来た。

 「我は兼ねてから白人の文明とやら云うものを聞き、親しく思う者なので、是非とも我が住居へ立ち寄られよ。そうしなければ無事に此の土地を通す事は出来ない。」
と言って来た。察するに今まで象牙商人から賄賂を得、其の味を占めたのに違いないので、此の一行からも賄賂を貪(むさぼ)ろうとする心に違いない。

 何にせよ其の意には従わないと危険なので、一行は直ちに旅行を止(とど)め、進物の用意などをして、其の住居を指して行くと、文明人の目には唯だ野蛮の酋長であるが、此の土地に於いては帝王も同様なので、其の宮城とも云うべき住居は、石や泥で作った物ながらも甚だ広く、門も有り玄関も有り、玄関からは廊下を通じて全体が幾棟にも分かれ、部屋の作りも別々に仕切ってあった。

 酋長は一行を誘って奥深く連れて行くので、若しや食堂へ連れて行かれ、蛆虫などの馳走に逢っては、非常に困惑する事になると、一同は口にこそ言わなかったが、心の中で当惑し、渋々と従って行くと、食堂では無くて、幾人かの妻妾を蓄えた、後宮へ案内された。

 此の事は非常な馳走に預かることで、妻妾などの顔を見せるのは、客を酋長自身と同等と見做しての取り扱いで、即ち一同をば酋長の身分ある人と崇(あが)めた者なので、一同は少し安心し、後宮の有様を篤(とく)《じっくり》と見ると、中に蠢々(うごうご)と控えている女は、何れも豚の様に肥え太り、丸々しい其の肌を露出(むきだし)にして誇る有様なので、良くもこの様に飼い肥やした者だと思った。

 一同は通訳の口から酋長の言葉を聞くと、此の土地は女の脊(せい)が低く体丸いのを美人とする者にして、この様に肥太った女は、国中に多くは無く、之れを選り集めるには、年々人を各地に派遣し、少なからぬ費用を抛(なげう)ったもので、既に集める事が出来た者を、痩せない様に飼って置くのも、並大抵の努力では無いと云う事だ。
 酋長の富と勢力とが無ければ到底この様な贅沢は尽くし難いなど、王后王妃を飼い犬の様に見做して語った。

 特に驚いた事は、裸体国(はだかこく)の習慣として、此の女達は皆身体に入れ墨をするだけでは無く、所嫌わず身体の肉に穴を穿(うが)ち、其の穴に金の輪を入れ、或いは鈴の様な物を垂れた有様である。耳には金輪を垂れ、鼻には鼻輪を垂れ、更に唇には差し渡し幾寸《直径数十センチメートル》の輪を挿し入れて、本来突き出ているものを、更に一層突き出して喜んで居るのだ。

 実に天然の身体を害(そこな)うこと甚だしい者にして、そうで無くても醜い顔は、これ以上醜くしようが無い迄に醜くなって居る。文明人の目から見れば、此の人種は、全く醜と美とを取り違えて居る者にして、万事美しいことを嫌って、醜いものを愛するのではないかと疑われる程である。


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