巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花、青空菜園、晴耕雨読、野鳥、野草

黒岩涙香の巌窟王、鉄仮面、白髪鬼、野の花の口語訳、青空菜園、野鳥・花の写真、ピアノ、お遍路のページです

ningaikyou67

人外境(にんがいきょう)(明文館書店 発行より)(転載禁止)

アドルフ・ペロー 作  黒岩涙香  翻訳  トシ 口語訳

アドルフ・ペローの「黒きビーナス」の訳です。

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       第六十七回 美の基準

 居並ぶ王妃、孰(いず)れも醜婦中の醜婦にして、如何に国王の力とは云え、好くもこれ程まで選り集めた者かなと、一同は言わず語らず可笑(おか)しさを我慢していると、帆浦女だけは王妃の醜いのに比べて、自分の姿の美しいのを誇るつもりからか、突(つ)と一同の前に出て、胸を突き出し手を振って、妃等の前を闊歩し初めた。

 ヨーロッパ人中でも女としては、珍しいほど背が高く、又珍しいほど痩せている帆浦女と、背が低くて丸々と肥太った、此の妃等を比べて、どちらが醜さの度が優れているのか、勿々(なかな)か判定する事が難しいので、其の判断は暫く置くこととして、兎に角極端と極端との比べ物なので、又一場の見物であった。

 妃等は帆浦女の此の振る舞いを、何と思ったのか、互いに細語(ささや)き初めたので、帆浦女は通訳亜利(アリ)に向かい、
 「醜婦は私の事を評(うわさ)して居る様子だが、何と云って居る。」
と問うのは、きっと感心して、誉めて居るのに違いないと思っての事と思われる。

 亜利(アリ)は容易に返事する事が出来なかったが、再三問われて仕方無く、
 「実は貴女の着物を怪しみ、貴女一人が、何故違った身姿(みなり)をして居るのだろうと云って居ます。」
 帆「是が文明国の貴婦人の服装だと言聞かせてお呉れ。」
 亜「イヤ妃等は、貴女を女だとは思わず、全く男子だと思い、男の癖に女の着物を着て居るなどと評して居ます。」

 成程この様に痩せて、且つ背が高い女が有ろうとは、彼等の思いも寄らない所に違いない。
 帆浦女は此の一語に、顔を赤くして怒り、
 「では男では無く、貴婦人だと言い聞かせてお呉れ。」

 亜利は仕方が無く、妃等に向かって其の通り言い聞かすと、妃等は一斉に声を放ち、唇の輪を戞々(かつかつ)と鳴らして笑った。問う迄も無く、呆れ驚いて笑う者なので、帆浦女は躍起となり、
 「貴婦人を笑うとは余りに失礼だ。自分の醜い顔を知ら無いからで有ろう。」
と云い、いつも懐中に持っている、小さい鏡を取り出し、遠慮無く妃等の顔に差し附けると、妃等は鏡に映る自分の顔を眺めて、喜ぶことと云ったら限り無く、我が身はこれ程までの美人なのにと満足した様子で、手から手に其の鏡を取り伝えて、嬉しそうに笑み頽(くづ)れるので、帆浦女は益々腹立ち、

 「エエ此の醜婦達は、醜いのと美しいのとを取り違えて居ると見える。」
と云い、手を伸ばして鏡を取り返そうとすると、妃等は次から次に伝えて勿々(なかな)か返そうとはしない。非常に珍しい品物を手に入れたと喜んで、自分の物にしたくなった様子だ。

 帆浦女は益々怒り、十数人の妃を相手にして、一場の立ち廻りを始めようとする勢いなので、一同は今更ら帆浦女を連れて来た事を後悔したが、帆浦女に対して最も影響力のある寺森医師は進み出て、
 「モシ帆浦女、一旦此の醜婦等の顔を写し、汚らわしく成った鏡で、貴女の美しい姿が写されましょうか。汚れた鏡は彼等に遣って御仕舞いなさい。」
と云うと、帆浦女は此の医師にさえ、美しい姿と云われれば、醜婦達に何と云われても構わないとの様子になって、忽(たちま)ち静まり、

 「そうです。彼等の顔を写して、アノ鏡は汚れました。」
と云い、是で漸(ようや)く大事とは成らずに終わる事が出来たので、一同は安心の息を吐くと、此の時通訳の一人である阿馬(オマー)は、先ほどから宮中の様子を、それとなく見廻って居たが、ここに来て茂林に向かい、

 「王は此の一行に御馳走をすると云い、食堂の掃除をさせて居ます。」
と伝えた。
 蛆虫や毛虫の御馳走。アア如何してこの様な御馳走を受けられようかと、一同は顔色変えて驚いた。



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